投稿第八号
        特集アイアンマン/ハワイ参戦記!


                 2007年10月13日に開催されたアイアンマン/ハワイ大会に
                参加されたJIC会員の参戦記を「あいうえお順」でご紹介します。


                                 2007年11月3日
                                   
事務局より

       
        アイアンマントライアスロン世界選手権大会完走記!
       石井英機氏

        1978年開始され29回目になる本大会は10月13日ハワイ島コナで世界各国
        から1854名の男女プロとエイジグルーパーといわれるアマが参加して行われ
        ました。日本選手は106名で米国、ドイツ、豪、カナダ選手についで5番目に多
        かったです。私は3回目でしたが14時間20分33秒でなんとか完走して総合で
        は完走者1685名中1535位、年代別23名中10位でした。

        アイアンマントライアスロン大会はスイム:2.4マイル(3.8Km)、バイク:116
        マイル(180Km)、ラン:26.2マイル(42.2Km)を競うもので制限時間は17
        時間です。選手は本大会への出場権利を得るため米国(フロリダ、カリフオルニ
        ア、レイクプラシッド、ユタなど)はじめマレーシア、ニュージーランド、オーストラリ
        ア、日本(長崎五島)、ブラジル、スペイン、フランス、ドイツ、スイス、カナダ、韓
        国などで行われるアイアンマン大会に出場し上位入賞しなければなりません。
        その枠(スロット)は各エイジグループ(5歳毎)の出場選手数に比例して設定さ
        れ私のエイジ(65〜69歳)では1〜2枠です。但しローリングダウンがあり上位
        選手が権利放棄しますと下位選手に回ってきます。今回私は4月の豪大会に
        出場し1位でしたので権利を得ました。

        10月9日(火) 小雨後曇り
        障害者施設でのボラを昼で終え15時かみさんと家を後にし成田空港に18時3
        0分着、空港では65歳以上の強豪遠藤、富田、山中、汐元、滝などの各氏にお
        会いして歓談しました。21時15分離陸、機内でビールとワインをしっかり飲みま
        した。所要時間は約6.5時間、時差は18時間のハワイ島へ9時40分着。入国
        審査は厳重、左右の人差し指と虹彩をチェックされるため延々1時間かかりまし
        た。空港をでると日は強いが乾燥しており過ごし良い。ツアーコンの武藤氏が迎
        えてくれてコナシーサイドホテルへ。車窓からは溶岩ばっかりたまに見える赤色
        のブーゲンビリアがきれいだ。ホテルはスタートとフイニッシュに近く、キッチン付
        の部屋は豪華でベランダからはスイムの海も見えます。

        選手登録にでかけると上田氏がボラをやっており助かりました。レースNo.はプロ
        に続き高齢者から若手の順に付けられておりレースで同エージの選手かどうか
        判り易い。ボラは大半が妙齢のご夫人で皆さん笑顔で愛想がいい。かみさんと
        近くのスーパーでビール、パン、バター、チーズ、ぶどうなどを仕入れた。ホテル
        へ戻ると徳島の強豪芝さんとばったり。部屋でビールを飲みながらバイクの組み
        立てをする。17時からはアイアンマンパレードだ。アルファベット順に各国の選
        手がアリードライブを行進し沿道のお客さんにキャンデイなどを投げながら交歓
        する。プロの谷選手がオープンカーに乗り先導、日本選手と家族は20名余、新
        潟の石田選手はレースN0.を縫いつけたはっぴで注目を集めました。夕食は滝
        さん、芝さんと近くのタイ料理屋へ行く。中身がわからないので4種類を頼んで
        分けて食べることにしましたがなかなかおいしく成功しました。タイビールやハワ
        イビールも楽しみました。

        10月10日(水) 晴れ
        6時起床。時差ぼけはほぼなくなった。軽く朝食をとり7時スイム会場へ。既に大
        勢の選手が集まっていた。水温はウエットスーツなしでもOK、小さな波はあった
        がまずまず。約20分泳いだが行く選手と帰る選手がぶつかることなく上手によ
        けておりさすがです。競技説明会ではウイットさんが日本語でやってくれます。
        河原、谷,今泉プロや強豪エイジグルーパーに会えました。遅れてきた有力選
        手に彼がやわらかく注意をしたが反省したいものだ。バイクとランで3回ペナル
        テイを受けると失格となる。特にドラフテイングのペナルテイは次のテントで4分
        間停止することなどの説明がありました。

        終了後ウイットさんに会いあらかじめメールしておいた「日本アイアンマンクラブ」
        の呼称の件WTCの見解は如何か聞いたがまだ返事がないが、商業目的でなけ
        ればOKだろうということだった。今後ともフオローしてほしいとお願いしました。
        JICメンバーやその他60歳以上の選手に呼びかけ集合写真をとり17時アリード
        ライブ先のレストラン「ウォーターフロント」で会食することとしました。ホテルに戻
        りメカニックの大西さんにバイクのメンテしてもらいありがたかったです。レストラ
        ンは海の眺めが最高、奥さん2名と10名の選手が集まってくれました。北海道の
        富田氏(72歳)による乾杯、次いで自己紹介しながら歓談しおおいに盛り上がり
        ました。
 
        10月11日(木) 晴れ
        6時半起床。パワーバーをかじり試泳へ。海は穏やか。3角旗の舟まで往復。
        後で聞いたがコーヒーをもらえたという。朝食は田中氏らとカレーを食べスイム、
        バイク談義。芝さんとクアキニ道路を試走。強い向い風、疾走する車、不慣れな
        右側通行などで早々に切り上げました。ホテルに戻りベランダで眼前の海を見
        ながらビールを飲みましたがここではアルコール禁止であることを後で知りまし
        た。滝氏、芝さんらとカーボパーテーに出かける。入り口でバックの中に入れて
        おいたビール2缶を没収されてしまいました。正直過ぎた(?)。料理は鳥肉、魚
        などでスパゲッテなし。久しぶりに会えた石丸氏と話がはずみました。NZではバ
        イク、ランが苦しかったという。熱海の別荘に誘われました。式は現地人のたい
        まつダンスから始まる。プロの挨拶なし、最高齢男子79歳、女子77歳(ブダー
        女史)、ボランテイア5000人の代表の挨拶があった。21時には終了しました。

        10月12日(金) 晴れ
        再び試泳へ。海は驚くほどきれいで熱帯魚が多く見られ300m程沖でゆうゆう
        と泳ぐ亀に遭遇しました。触れると高額のペナルテイという。女性選手としばし眺
        めました。昨日急遽買ったスイムスーツ(ウエットスーツより薄くレースで着用O
        K)は快適でした。12時半芝さんとバイクとギアの預託に出かけました。大勢の
        ボラがおりバイクのチェックは待たされることなし、ギアもボラに案内され自分で
        ラックに架けます。17時には滝氏、芝さんらと夕食。今夜はビールなし。滝氏は
        バイクで食べる2トレーのおむすびをつくりました。自分の倍です。20時には床
        に付きました。

        10月13日(土) レースデイ 
        3時起床。赤飯、味噌汁などかみさんがつくってくれありがたい。4時半会場へ
        行きマジックで脚に年齢を示す65(子供による)と両腕にナンバーリングをして
        もらいます。バイクの所に行きエアー入れと補給食をセットします。パンクの音が
        しました。一度ホテルへ戻りスイムスーツを着て会場へ。1800余名の選手と一
        緒になります。プロは約60ヤード(54m)沖で立ち泳ぎしています。黒人シンガ
        ーが国歌をおごそかに歌います。6時45分号砲一発しぶきをあげてスタートし
        てゆきました。

        スイム
        さて我々も7時スタートのため泳ぎ始めました。水温やや冷たく10分ほどの立ち
        泳ぎをするのは嫌なものです。後の方に位置しました。再び号砲が鳴り1600人
        余が一斉にスタート。長い一日が始まりました。日本や韓国などと違い身体に触
        ることは殆んどありません。海底からフロッグマン(?)が見守ってくれています。
        波やうねりはそれほどなくブイもよく見えましたがしばしばサーフボードに乗った
        スタッフに左へ行けと注意されました。1マイル(1.6Km)沖にヨットが停泊して
        おり観客が応援してくれます。ここを回ると復路です。46分かかりました。後半
        は1列に並んで泳いでいるグループを見つけ横につけて泳ぎました。スイムでの
        ドラテイングはOKです。先頭はコースアウトしないで上手に進んでいる(はずで
        す)のでヘッドアップなどしないで泳げ大変楽でした。次はぜひ前半からやってみ
        ようと思いました。スイムアップ時1時間39分で少々ガッカリでした。バイクラック
        では若手のバイクは殆んどありませんでしたが我々エイジでは少々あり安心し
        ました。

        バイク
        スタート直後はパラニ道路の急坂を立ちこぎです。クアキニ高速道路を往復、次
        々に同じエイジの選手に抜かれました。クイーンK高速道路を折り返しのハビま
        で(60マイル96Km地点標高646フイート194m)走ります。道の東側はマウナ
        ケア山(4200m)からのびるゆるやかな丘陵、西側は海で周囲は溶岩と低い潅
        木ばかりで風をさえぎるものがありません。どうも早い時間帯はなぎなのか速い
        選手には無風で、遅い私達には行きも帰りも強い向い風が吹くようです。いわ
        ゆるコナウインドです。約50Km地点でトッププロが折り返してきました。とても格
        好いいです。猛烈な横風に怖い思いをしました。ハビまで上りがえんえんと続き
        いいかげんにしてほしいところですが皆条件は同じですから仕方ありません。持
        参した梅干入り赤飯のおにぎり、羊羹、あめと7マイル(11Km)毎のエイドステ
        ーションで水、コーラ、ゲータレード、バナナなどを利用してハンガーノック、けい
        れんや脱水症の予防をはかりました。風があり汗はそれほどかきませんが日差
        しが強く頭、首や腿に水をかけました。パンクは7〜8名見ました。殆んどクリン
        チャータイプでした。幸いパンクせずドラフテイングチェック(前後に殆んどいませ
        ん)にひっかかることもなく8時間4分でバイクフイニッシュ。21回のアイアンマン
        中ワースト記録です。

        ラン
        着替えを済ませトイレにも行きなによりも下腿部の痛みがなく気分よくスタート
        できました。日本人の『がんばって』や『ヒデキ ルッキンググッド、キープゴーイ
        ング』などの声援がうれしいです。ケアホウまでの往復で汐元氏と遠藤氏をパス
        しました。赤道直下のため18時になりますと紅の太陽が水平線に沈み辺りはと
        っぷりと暗くなります。道路照明は殆んどありませんので折り返してくる選手の持
        つライトステイック(蛍光発光体)が唯一の頼りです。クイーンK道路からエネル
        ギーラボへの道路に入り折り返し直前で凹みに左足を踏み入れ転倒してしまい
        ました。くるぶしを痛めたたようですが何とか走ることかできました。その後も数
        回舗装箇所から路端へ踏み出してしまいヒヤリとしました。車のヘッドランプで道
        路を照らしている箇所もありましたがまぶしさで手前の路面が見にくいこともあり
        ました。速い選手には無縁ですが一般の選手にとって暗さ対策はぜひ必要だと
        思いました。1マイルおきのエイドステーションはオアシスです。特に暖かいスー
        プとパンがうれしいです。よくお礼を言いながらいただきました。コナの町にきま
        すと応援の人達から『グッドジョブ』の声が盛んにかかります。最後の直線路は
        アリードライブです。両側の観覧席からの大声援に感激します。日の丸をふって
        いるかみさんを見つけ一緒に走り始めました。フイニッシュゲート直前がややス
        ロープになっておりかみさんがバッタリ倒れてしまい皆さん大笑いでした。ラン4
        時間22分合計14時間20分33秒で完走できました。ボラのお姉さんにらんのレ
        イとタオルをかけてもらいます。完走メダル、Tシャツの支給、記念撮影、バイク
        とギアのピックアップなどそれぞれのボラがスムースに案内してくれます。軽くス
        トレッチをしてホテルに戻りシャワーを浴び、訪ねてきた芝さんとお互いの完走を
        祝してビールを飲みました。

        10月14日(日) 晴れ
        6時起床、くるぶしが痛く少し腫れている。10時にキンカメに行きリザルトを見る。
        60歳台:三森氏2位、65歳台:滝氏3位、70歳台:小島氏3位と日本人高年齢
        者が好成績です。遠藤氏8位、富田氏9位、自分も辛うじて10位と夫々トップ1
        0入りできました。部屋で滝氏、芝さんとビールを飲みながら昼食を楽しみました。
        やがて田中夫妻も現れ盛り上がりました。17時からのアワードパーテイではJIC
        メンバーと同席しました。山中、石丸選手はバイク終了時点でリタイアしたという。
        残念だ。カーボパーテーと違いビールは飲み放題でした。料理は牛でなくターキ
        ーでした。おしゃべりをしながら充分楽しんだ後に式が始まります。まずビデオで
        レース前、当日のボラ、選手の活躍が紹介された。特に障害者選手の健闘に感
        動しました。若い選手から5位までの表彰に移ります。60歳台三森氏、65歳台
        滝氏、70歳台小島氏、最高齢は男子77歳、女子は71歳いずれも米選手らが
        壇上で表彰され我々を大いに勇気ずけてくれました。最後はプロ10位までの表
        彰です。女子トップはウエリントン(英国)です。長い挨拶でしたが世間に役立つ
        こと、ボランテイアとの共生などを言っていたと思います。男子トップは豪で大人
        気のクリスマコーマックです。優しい話しぶりで過去の英雄マークアレンにふれ
        ていましたがよくわかりませんでした。来年の再会を期してビデオで最後の選手
        のゴールシーンで幕を閉じました。

        10月15日(月)
        8時ホテル発→10月16日(火)20時45分帰宅着コナ空港ではバイクのチェック
        なしにビックリ、男性ボーカルに合わせて美人2人がフラダンスをして楽しませて
        くれました。河原プロにお願いしてJICメンバーで集合写真をとりました。ホノルル
        経由機内ではビール、ワインをしっかり飲み無事成田着。荷物もスムースに出
        てきて21時前に自宅に戻りました。

        1.アイアンマンクラブとしての成果
        *日本アイアンマンクラブメンバー12名(奥さん、勧誘中の選手含め)とレース前
         にパーテイを持つことができ、更にレース後も一緒になって懇親を深めることが
         できました。
        *106名参加した日本人中60歳以上の選手がトップ3入り3名、トップ10入り6
         名と大いに気をはくことができました。
        *ウイット氏に対して「日本アイアンマンクラブ」の呼称をWTCに質してもらうこと
         を再度確認できました。

        2.大会運営
        *役員、ボランテイア、観客:役割が細かく決まっておりよく訓練されていまして、
         選手登録、車検、ギアの管理、エイドステーションでの対応、道路規制など極
         めてスムースだった。観客含め皆さん笑顔を絶やさなく選手を激励してくれま
         した。
        *スイム:1600名余が同時スタートするのだからフローテイングに行き着くだろ
         う。選手は身体に触れることなく誠にスマートな泳ぎっぷりに感銘しました。
         サーフボードのスタッフにはコース修正をていねいに指示され助かりました。
        *バイク:コナウインドには対応しなさいということでしょう。エイドに救われました。
        *ラン:バイク同様エイドに救われました。暗がりで自分以外事故はなかっただろ
         うか?明るい周回コースにぜひとも変更してもらたいものだ。実行委員会に請
         願してゆきたい。

        3.自身
        *辛うじてトップ10入りできよかったです。
        *JICメンバーと懇親を深めることができ更に3名ほど加入の申し出をいただきま
         した。
        *スイムではドラフテイングを積極的にすること。
        *バイクの練習量はまだまだ不足していること。

        など大きな成果を得ることが出来ました。次年のハワイは30周年大会です。
        世界ではまだまだ皆さん頑張っておられます。無理なく身体を充分ケアーしなが
        らチャレンジしてゆきましょう。    

       
        
アイアンマンは難しい奥が深いことを再認識!
        
汐元登志夫氏

        7回目のハワイ大会で最高の天候であったが、終わってみれば最悪の結果だ
        った。スイムは波がなく、潮の流れも感じられず、昨年より10分良く、幸先良いス
        タート。スイム1時間29分バイクは折り返し地点手前に風が少しあったが、空気
        がきれいでマウナ・ケア、マウナ・ロア、マウイ島の山々がきれいに見え楽しめ
        た。カワイハエから空港まで向かい風があり、少し苦しめられた。猛烈な睡魔に
        襲われ一時休止したりし、8時間強でやっとゴールした。ランに入り、第一折り返
        し点を過ぎたら日が沈み始め、コナの町はすでに日没の中であり、この頃から
        心配だった「ふくらはぎの痛み」がだんだんとひどくなり、ついに歩きも交えるよ
        うになり、制限時間をあと50分残して16時間10分で感激のゴール。ランは6時間
        10分かかった。アイアンマンは難しい、奥が深いことを再認識した大会でした。
        また多くの老アイアンマンと知り合い、皆さんのアイアンマンにかける情熱、日ご
        ろの努力に自分の甘さを啓発されました。また、スペッシャルフードバッグのバイ
        クバッグの中にランバッグを入れたまま預けて給食に苦労したり、終了後ポンプ
        受領を忘れたりして注意力が散漫になり、やはり老化は進んでいると認識して
        今後のトレーニング、大会に臨まなければならないと悟りました大会でした。

       
        
来年参加する事が出来たならもっと真地面に走りたい!
       滝 豊水氏

        アイアンマンは苦しい辛い長い一日でした。でも大会前後アイアンマンクラブの
        方達と交流が出来ました事は、近年に無い楽しい気持ちを味わいました。皆さ
        んに御世話になり嬉しく思っています。 特に石井会長さん 奥さん御世話に成
        りました。ハワイで(石井さんの部屋)そうめん カレー 肉じゃがが食べれるとは
        思いませんでした。とっても美味しかったです。

        私はことしで10回目のハワイ出場でしたからもう卒業しようと思い参加しました
        が、あまりにも思い出深いものがあり、アイアンマンクラブの方達と又ハワイで合
        いたいと云う気持ちが日増しに高まり、来年はチェジュにでも行って権利が取れ
        たら今年のような雰囲気を味わいたいと思います。

        日本に帰ってからは反省ばかりしています。スイムから上がりバイクに乗るまで
        10分もかかったこと。バイクでもっと走れるのに人の後について前に出なかった
        こと。ランは歩きはしなかったが粘りの有るはしりをしないでゴール前で応援して
        くれてる方にタッチしながらゆっくり走り、50m手前で同じカテゴリーの人に抜か
        れたこと。もし来年参加する事が出来たならもっと真地面に走りたい。自分に甘
        い滝でした。反省!

       
        
2007アイアンマン・ワールドチャンピオンシップ ハワイ!
 
      堀 陽子氏

        ハワイ島のコナにて毎年10月に行われるアイアンマン・ワールドチャンピオンシ
        ップは、今年29回目を迎え13日に行われました。私は今回で節目をつける為、
        この日のために出来る限りの全力を尽くしてきました。主人の直之のサポートで
        トレーニングを順調にこなし、体調も整い気力も充分でした。スタートを前にして、
        今までハワイに挑戦してきた想いを胸にこれで最後思いっ切り悔いの無いよう
        にレースしようと、そして今まで私の活動を支えてきてくれた家族やスポンサー
        の方々、友達、トライアスロン関係者の数々の方々への感謝の気持ちが込み上
        げてきました。そして、いつもわがままを言っても聞いてくれ、何かあったら助け
        てくれた最大の理解者の主人には、ここまで一緒に歩んできてくれて有難うと
        いう気持ちでスタートに向かいました。

        6時45分、プロスタートの号砲が鳴り、出遅れずに上手く集団に入れるよう泳い
        でいたつもりが、大きな集団の一番後方の男子プロ選手にやっとついていける
        状況で泳いでいました。しかし、少しずつ離れてしまい、とうとう一人で泳ぐ事に。
        もしかして最後尾かと不安になりながらも、折り返しが気になる頃に、後ろから
        来たプロ男子選手とその他女子選手に合流し、そのままその選手達と泳ぎスイ
        ムアップしました。タイムを見ると1時間8分後半。少なくとも5分以内では上がり
        たかったので、急いだのか、あまりにもウェアがピッタリして快適すぎたのか、T1
        ではゼッケンベルトをつけるだけと勘違いをし、レースウェアの上に着ていたス
        イムスーツ脱ぐのを忘れて走って行ってしまいました。途中で気がついて、『何を
        やっているんだ。冷静になれ』と自分に言い聞かせながらテントに戻り、脱いで
        すぐバイクラックへ。落ち着いてバイクを引いてゲートを出ました。
                         
        タイミングマットを過ぎて、よしこれから!とバイクに乗りました。その途端「バキ
        ッ」と大きな音が辺りに響き、その瞬間すごく嫌な気持ちに一転しました。『これ
        は、まさか、夢ではないか』昨年のスイムに引き続き、全く同じ気持ちが甦りま
        した。何かの間違いだと思い、恐る恐るバイクを降りてシートポストの下を見ま
        した。それは夢でもなく現実でした。『割れている!』とりあえずまだ諦めずに、
        バイクメカニックを呼んでもらうよう周りのスタッフに問いかけましたが、誰も反応
        が無く、ずっとそこで待っていても仕方が無いのでこのまま行ける所まで行くし
        かないと思い、先を進みました。しかし、やはりサドルは下がっているし走行中
        に完全に壊れて走行不可能になると思ったところにちょうどバイクマーシャルが
        居たので、メカニックを要請しました。結局、またトランジッションに戻り、一時は
        もうレース続行はできないかもしれないと言われましたが、しばらくしてメカニッ
        クが来てくれて、2人掛かりで試行錯誤しながらガムテープとストラップで応急処
        置してくれスタートすることができました。友人が一部のロスタイムを計ってくれ
        ていたので、全部で20〜25分くらいのロスタイムではないかと思います。待って
        いる間に、今までこの日のために費やしてきた事を考えると気持ちが切れ掛か
        りそうになりましたが、周囲の観客の人たちに励まされ、そして必死に作業をし
        てくれているメカニックの人たちの姿を見ながら、今までのトライアスロン競技で
        培ってきた精神を最後までしっかり貫き通すことが私の今日の仕事だと、順位
        やタイムではなく、今日のベストを尽くそうと気持ちを切り換え再スタートしまし
        た。バイク中は、サドルに負担がかかり過ぎないよう気をつけながら、メカニック
        の人のお陰で最後までトラブルなくランに繋げる事ができました。
                         
        ランに入ってからは、もう安心して走るだけです。あとは自分次第。中盤から後
        半にかけて脚も動かなくなってきて、エナジーラボを過ぎてからの最後の12km
        は脚が痛くなりエイドからエイドをやっと走っていましたが、最後は元気に走って
        ゴールできました。10時間30分58秒、プロ女子35位。みなさんのお陰でゴール
        出来た事、そしてトラブルがあったけど最後まできちんと走れた自分に安心して
        ハワイを最後にします。体力、気力共にまだやっていける自信も、今回のリベン
        ジもしたい気持ちも十分ありますが、もう今年で最後というのは決めていたので
        悔しいですが終わりとします。最大の目標だったハワイのトップ10は達成できま
        せんでしたが、今まで力になっていただき本当に有難うございました。
                         
        これからは、家庭の方にもう少し目を向けて、トライアスロンはその中でやって
        いける範囲で活動していきたいと思います。完全な引退ではないので、ハワイ
        は一時休養ということにしておいて下さい。そしてまた、落ち着いたところで第二
        の挑戦をしてみようと思います。45才まではプロとしてレースができればと思っ
        ているのですが・・・どうなるか分かりませんが、次の目標にします。そして、長
        年かけて自らでここまでやってきた経験をもとに、これからは指導の方にも力を
        入れていきますので、今後とも変わらぬお付き合いの程、宜しくお願い致します。
        また、今後のスケジュールに関しては随時ご連絡致します。

       
        来年もう一度挑戦!
        
三森 隆久氏

        正直今年も勝って、5連覇を狙っていました。しかし2位。満足しながらも、ちょっ
        と悔しいという心境でした。

        私は初めてのハワイ参加の時から、レース前のコナの街の雰囲気が大好きで
        す。バイク練習の選手たち、走っている人、朝のスイム練習、談笑しながら歩い
        ている家族、友人たち、オープンデッキで語らうカップル等々、華やかな賑わい
        で何ともいえぬ緊張感や闘志を湧かせてくれるのです。

        今年も、空港からバスでコナの街に着くと、例年通りの賑わいを見せていました。
        『また、頑張るぞ』。レース前の練習は朝スイム、バイク、ランと順調にこなした。
        食欲もあり体調は良好のようです。

        レース当日の朝、ナンバリング、バイクの空気入れなども終了。スイム外側のス
        タート。全くバトルなく皆さんの優しいスタートに感謝。スイムは疲労感なくうまく
        泳げた。TIの真似事が効果あったかも。

        バイク。今回は山形県の強豪女子エージ小林恵さんを目標に、重いギアで走る
        練習をし、少し自信を持って臨んだはずでした。しかしです。ハイウェーに出て、
        向い風に出会うと『まだ5時間も…』と思うと情けなくもすぐに降参してしまいまし
        た。結局、立て直すことができず、6時間6分と予定を大幅にオーバー。生兵法は
        いけません。でも、後でよく吟味してみると、重いギアで乗り切る十分な練習は
        していなかったみたい。根拠のない自信でした。

        あとはラン。昨年1月来の右膝痛でしっかり走れず、ジョグだけの練習なので『最
        後の10キロを元気だったら頑張る』予定。太陽があった中でも風は涼しく、以外
        に暑さを感じず走りやすかった。『予定どおり』走っての2位でした。右膝も大事に
        至らず、うれしいゴールでした。

        さて、来年は30回記念大会。香川県の幸野選手に聞くと『雰囲気が少し違うし、
        レベルが上る』とのこと。『う〜ん、来年はどうしようかなあ?』終わって、帰国し、
        日が経つにつれて、もう1度チャレンジしたい気持ちがふつふつとたぎってきま
        す。妻に同意も取り、また来年もやります。マレーシアからハワイを狙います。

       
        初めてのアイアンマンハワイ!
         
村中信一氏

        今年のアイアンマンjapanで運よくスロットを手に入れハワイを楽しみにしていま
        した。もともとロングにあまり参加していなかったので競技を良く知りません、そ
        こで一回経験をしてみたいとの思いから韓国のチェジュに申し込んで出場しまし
        た。恥ずかしながらそこでスイムはウエットスーツ禁止であることを初めて知り、
        バイクの右側通行を初めて経験し、バイクケースを使って初めて旅行しました。
        もちろんコリア大会の申込み、飛行機の予約は自分で行いましたが結構大変で
        した。ともあれコリア大会に出たことによっていろいろ経験ができ大変良かったと
        思った矢先、家から『父死す』の訃報が入り予定を変更して飛んで帰りました。
        それからは私事で恐縮ですが想像通り通夜、葬儀、諸手続き、遺産相続、葬儀
        の際のお礼、喪中はがき手配、香典返し手配、毎週法事、49日法事の手配等
        々の後処理が大変でした。又それらを行うためには会社を退職して実家に帰る
        必要があり、40年勤めた会社を退職致しました。退職のための手続きも多数発
        生してこれもたいへんでした。ハワイの準備は何もできず半分あきらめていまし
        たが、『とにかくハワイに行って見よう』の思いで法事を早めに済ませ出発準備
        に掛かりました。

        山口から岡山に移動して岡山空港を出発し、成田に着くとそれらしき人が見受
        けられてなんとなく安心し嬉しい気持ちになり、待合ロビーで見つけた河原プロ
        や前回エイジ優勝の三森さんなどとさっそく談笑しました。コナ空港に降りての第
        一印象はのんびりしている。すがすがしい気候とそれに迎えに来てくれた滝さん
        にびっくりしました。ホテルについてからはレースエントリーをしてバイクを組み立
        てていますと、今晩アイアンマンクラブ員で会食しようと話があり心ときめかせて
        出かけました。場所はエキスポ会場近くのレストラン・バーでいかにもアメリカら
        しい雰囲気のバーで大変楽しめました。メンバーは写真に写っていますが遠藤
        さん、冨田さん、山中さん夫妻、滝さん、汐本さん、石井さん、三森さん夫妻、山
        口さん、鶴川さん、村中の12名です。ここでの話のなかで思ったことはフィニッシ
        ュロードはたいへん感動すると聞いたのでとにかくゴールしてハワイの雰囲気を
        肌で感じよう、そして最終ランナーのゴール時の雰囲気はものすごいと聞いてい
        たので絶対見に行こうと心にきめました。次の日の昼食はバイクシーポチーム
        のメンバーとスパゲッティーを食べにいきました。メンバーは田中さん、プロのハ
        ンスGER、西内そしてラッセルUSA、山中夫妻、冨田、鶴川、石田(女)さん、村
        中です。いろいろ知り合いが増えて輪が広がる感じがして楽しくおいしく食べま
        した。夕食はカーボパーティーですが今泉奈緒美、塩野恵美プロと同席させても
        らいました。純アメリカ式パーティーは初めての経験です、最初にハワイらしいア
        トラクションがあってその後は名司会者とゲストのトークで盛りあがるといったス
        タイルでした。私は半分くらい英語が理解できますので一生懸命聞き入ってい
        ますと、周りのたくさんいる人たちも私語もなく全員話しを聞き入っている姿を見て
        関心していまいました。両足の無い有名な選手Scott Rigsbyのプロフィールが紹
        介され、その後本人が壇上に姿を見せた時全員立ち上がって敬意を表す(スタ
        ンディングオブベイション)なかなか日本では見られない光景です。何かアメリカ
        ンスプリットを見た気がして涙ぐんでしまいました。
 
        さてレース本番の日がやってきました。今回は練習不足のうえに体調も悪く風
        邪を引いて咳き込んでいたのでとにかくフィニッシュしよう、その為にはマイペー
        スを維持しなければならないと心に決めていました。いつもでしたら明るいうち
        にゴールできるのですが今回は夜光テープをいっぱい準備して望みました。ス
        イムは海がきれいで最高でした。透明度が良く海底も選手も良く見えてたいへ
        ん泳ぎやすかったです。ただし風邪を引いていたので海中で咳き込みながら泳
        ぐといったハンディーがありました。ともあれスイムが無事終わってバイクに移る
        と、あれほどたくさん置いてあったバイクの山がほとんど無くなっており予想はし
        ていましたがやはり皆早いなーと関心してしまいました。それでも私は私のマイ
        ペースの走りで景色を楽しみながら広い火山台地の道路を気持ちよく走ってお
        りますと、折り返し地点に近づくにつれだんだん風が強くなり遂にはまったく進ま
        なくなり大変な労力を費やしてしまいました。話には聞いていましたがこれほど
        とは思いませんでした。『今度来るときにはそれなりの準備をしてこよう』と自分
        に言い聞かせながら頑張りました。やっとの思いでランに移った時にはすでに太
        陽が沈む時間帯に入ろうとしていて人影もすくなく観客の声援『グッドジョブ・グッ
        ドジョブ』に応えながら走っていると道を間違えてゴール近くまで走ってしまうア
        クシデントがありました。気劣りなおしてコースにもどるとそこは大変きれいな海
        岸線、砂浜、海水浴場があり太陽がまさに沈むサンセットに入ろうとしていました。
        なんと綺麗な景色思わず手を合わせて拝んでしまいました。

        今日はちょうど父親の49日目にあたるのです。アイアンマンコリアからハワイま
        で49日間ありますが私はその間喪に服していたのだと親父を思い出し、親父が
        応援してくれているから今日は絶対完走はできるだろうと思いながらひたすらマ
        イペースで走っていますと、みるみるあたりが暗くなりそのうち真っ暗になってし
        まいました。道路に街灯は無いので車が来た時だけ明るく、いなくなると真っ暗
        になります。白線を目印に走り道路から落ちないように注意しました。とにかく走
        りにくかったです。ゴール近くなってコナの町に帰ってくると明るくなったうえにう
        わさ通りの観客が待ち受けており、たいへんな声援を戴きました。今までの疲れ
        はどこかへ行ってしまい笑顔一杯のフィニッシュをしました。体調が悪いのですぐ
        にホテルに帰りシャワー後に服を着替えて再びゴールのフィニッシュシーンを見
        に行くとゴール会場はたいへんな盛り上がりで感動しました。底抜けに明るい、
        派手でしかも思いやりのある応援です。これだけの声援をたくさんの人が遅くま
        でしてくれていることがあらためて分かり、ゴールしたときの自分はおとなしかっ
        たと反省しました。今度ゴールする時には皆にお礼のアピールかパーホーマンス
        をしたいと思っています。次の日アワードパーティーに出席するとカーボパーティ
        ー以上の演出で楽しめました。河原プロ、青木、宇津美、沼田親子、増田、宮田
        さんと同席しました。

        今回を振り返ってみると悪いながらも完走できたことによりすっきりした充実感
        のある思い出が出来てたいへん良かったと思っています。とにかくお金では買
        えない宝物をたくさん手に入れた感じです。レースの体験はもちろんのこと、あ
        ちらこちらで知り合った同じ趣味の友達がたくさんできましたし、熱狂的な応援に
        も触れ合うことが出来ました。又、いろいろな人たちの人生模様を抱えてのフィ
        ニッシュシーンを見ていると感動して涙ぐんでしまいました。これがトライアスロン
        の良いところで他ではなかなかまねの出来ないところでしょう。
        この感動を来年も是非参加して味わいたいと深く心に誓った次第です。

       
        2007年アイアンマンハワイ挑戦の想いで!
         
山口 博氏

        昨年に引き続き2回目のHAWAII挑戦にワクワクしながら妻と二人で参加した。
        結果は12時間34分05秒,総合1306位,カテゴリー12位/39名中で2006
        年の12時間15分43秒を大きくオーバーした。しかし、どうにか歩かずに無事完
        走できたことで良しとしよう。

        スイムは集団より離れて泳いだのでバトルには合わなかったがかなり蛇行した
        気がした。ヘッドアップを始めスイムの基礎的練習の必要性を痛感した。バイク
        は前回と違いコースの概要が分かっていたので少し余裕を持って臨んだつもり
        であったが、向かい風の登り坂に勝てずバイク強化の課題をこれまた痛感した。
        ランの前半はまずまずの走りであったが後半急に失速、おり返し地点で夕日が
        沈み真っ暗ななかをどうにか歩かずにゴールにたどり着いた。集中力の必要性
        を痛感した。

        反省することの多い大会ではあったが良い経験となった。一つ一つの課題をク
        リアーできるように努力していきたい。

        石井会長をはじめJIC会員の皆さん、三森さん、鶴川さん達との交流で世界に挑
        戦する為の心得など学ぶことができ、今後の自分の糧としていきたい。

        トライアスロンは人生のライフスタイルのひとつであり夢と希望を持って多くの人
        々と出会い人生を豊かにできればと願っています。  


投稿第七号

        ひわさうみがめトライアスロン参戦記!

         

2007年9月20日
正会員
阪本 一雄

     私が、ひわさうみがめトライアスロンに参加したのはトライアスロンを始
     めて4年目の2001年9月2日の第2回大会でした。
     私の家内が徳島県小松島出身で地元の大会なので軽い気持ちで参加したと
     ころ、思いがけなく65〜69歳のエイジで1位に入賞してしまいました。
     その喜びと感激は今でも鮮明に思い浮かびます。
     家内に抱きついたと思います。初めての入賞でした。

     それ以来、この大会に参加するのが楽しみになり、3回大会の出場でまた
     また1位に入賞したので、自信と欲が出てきて連続1位をねらった。
     ところが力が入りすぎ残念ながら4回大会は2位となり連覇は途絶えてし
     ました。

     5回大会にリベンジに向け猛練習をして1位に返り咲き5回大会・6回大
     会を連覇。7回大会より70歳カテゴリーになり今年の8回大会でも連覇。
     これで4連覇を達成することが出来ました。

     この大会には最高齢78歳の方が8年連続出場されており、その方を目標
     に10連覇に向け健康に気をつけて頑張って行きます。
     今後ともご指導お願いします。

          (ひわさうみがめ大会開催日:2007・9・16


投稿第六号

      30年間温めてきた熱き思いを成就!
            
◆富士登山/村山古道をたどる◆

               

2007年9月9日
正会員
宗政 義仁氏

       30歳の頃に3000m級の日本の山を全て登り尽くした!・・・と思いきや、だがま
       だ一つ残っていた。その山は一般に『登る山ではなく見る山』と称されている
       『♪日本一は富士の山♪』であった。でも何故かそれまでの勢いで登ってしまう
       事が出来ず時が過ぎていった・・・が、何時しか心に宿った方法が見つかった。

       それは 『富士登山は60歳になった時に!』だった。そして約30年間温めてき
       た計画だったが、この度やっと成就することが出来た。この計画を実行するに付
       き、ただ一般の登山道を普通に登るのではなく、何か良い方法は無いものか・・・
       と検討した結果、海抜0mから一気に山頂まで駆け上がる、つまり「山岳ウルトラ
       マラソン
」を実行することになった。

       ところが昨年の春、あるイベントのあることを知り考えが変わっていった。そのイ
       ベントとは「富士山・田子の浦から剣ヶ峰まで一気登り」と言い、3日間をかけ
       て登りそして下るコースで、私の気持ちにピッタリの山行だったのだ。

       このコースは平安時代から修験者がたどってきた当時の表口登山道だったが、
       現在では車に便利な新五合目からの登山ルートが一般登山ルートになり、約
       100年の間忘れ去られてきた「富士山村山口登山道」のことである。

       この古道をNPO山楽カレッジの畠堀操八さんが地元の人と協力して2年間をか
       けて切り開き、2005年(H17)から環境NPO/富士山クラブ会員が協力して企
       画し、今年で3年目を迎えた「富士山完登プロジェクト」に参加することにしたの
       だった。

       このイベントの最大の特長はなんと言っても「自然と古を訪ねる」ということだ。
       田子の浦から富士山頂まで自分の足で歩き、往時の歴史・文化・自然を味わい、
       昔の修験道に思いを馳せ同志参加者と喜びを分かち合いながら楽しむのである。

       第1日目:8/19(日) <9:00〜17:50>
         JR吉原駅ー田子の浦海岸ー富士塚ー日吉浅間神社ー村山浅間神社(泊)
           *吉原駅で結団式!海水に手をつけ「みそぎ」を行ったあと出発。
           *気温がグングン上がっていき35℃以上(多分)もある中を歩く。
           *古に思いを馳せながら左富士・平家越・東木戸跡など旧東海道筋たどる。
           *千年杉・大銀杏の下、村山浅間神社・大日堂で般若心経を唱和し法螺貝を吹く。
                    
       第2日目:8/20(日) <5:25〜18:55>
         村山浅間神社ー天照教社ー中宮八幡堂跡ー大倒木地帯ー新六合目(泊)
           *早朝の村山から清々しい富士山頂を望んだ。
           *川床となった踏み跡をたどりながら歩くが不明瞭な所も多々あった。
           *
人手の入ってない苔むした原生林は本コース最大の財産だ!
           *「アサギマダラ」乱舞のなんと美しいことか!
           *1996年台風17号による大倒木地帯のもの凄い景観とお花畑に目を奪われた。
                    
       第3日目:8/21(月) <00:20〜15:20>
         新六合目ー富士山頂ーお鉢めぐりー宝永火口ー新五合目ーJR新富士駅
           *寝坊して起きたのが0:00、出発が00:20になってしまった。
           *ヘッドランプを頼りに登り4時間30分を頑張る。
           *九合目を過ぎる辺りで少しの頭痛と足のふらつきを実感する。
           *何とか5分前に登頂を果たしご来光を体に浴びる。
           *寒くてジッとして居れない中、影富士やブロッケンを見ながらお鉢めぐりを果たす。
           *御殿場口下山コースから宝永遊歩道をたどり新五合目へ下山。
           *温泉施設「花の湯」で打ち上げ会・・・解団式! <完登証明書を戴く>
                    
       幸いにしてこの3日間は天候に恵まれ、予定通り全コースを完歩することが出来
       た。今回の山行でご案内して頂いた富士山クラブ会員の畠堀操八リーダーと土屋
       四郎サブリーダー、そしてこの3日間行動を共にして頂いた参加者の方々に、心
       から感謝しお礼申し上げます。

          【参考】
本コースガイドは畠堀操八著・風濤社発行の「富士山・村山古道を歩く」を参考にされたい。
               ただし、村山浅間神社から新六合目間は地図も無くコース整備が進んでいないので、
               ガイドが必要であると思います。詳しくは著者にご確認ください。
                  畠堀 操八(ハタケホリ ソウハチ) 氏
                  〒252−0813 藤沢市亀井野4−12−44
                  Tel&Fax 0466−83−1373    ashulla@jcom.home.ne.jp



投稿第五号

     
その時レースが止まった!「アイアンマンジャパン五島長崎」
              

2007年6月29日
正会員
宗政 義仁氏

      その時まで全く自覚のない身に突然降りかかってきた珍事。ゴールまで残り2kmで
      ストップが掛かった。

      選手や応援の皆さんもご承知のように、バイク周回コースに入りキツイ登りに差し掛
      かると、赤Tシャツに赤大うちわで10名以上が一生懸命応援してくれてる名物の「
      島列島/赤Tシャツ軍団
」がいる。眠気を吹き飛ばし元気を貰え我に返ることができ
      る、ありがたさを大いに感ずる所だ。 しかもそこを2回通過するともなると、なおさら
      の事である。

      そして最後の2周回ランに移る。1周回目は予定通りの走りで”ゴール行きと周回行
      きの分岐点”を通過し、ゴールまで後残り約8kmに差し掛かった。そこで突然目に飛
      び込んできたのが又してもあの「五島列島/赤Tシャツ軍団」だったのだ。五島市大
      通り商店街の有名な「ヒロシ商店」店主とその仲間たちが、また応援しているではな
      いか! しかもご両親の隣には息子さんがいた。

      その息子さんの顔を見た瞬間に行動していた。 前後の見境もなくただ感謝と感動の
      あまり咄嗟にかけ寄り、装飾品と見間違えるほど立派な黄色リストバンドを、『プレゼ
      ントするヨ!
』と大声で渡してしまったのだ。 そして”ゴール行きと周回行きの分岐点”
      に差し掛かり、当然のごとくゴール行きへ足を向けたとたん『ストップ!!!』の声、
      そこで事の重大さに初めて気付いた。周回確認用のリストバンドがないのだ。 
      リストバンド事件発生。 【その時レースが止まった!

      事実確認のためマーシャルに連絡をとって貰うものの、5分経ち10分過ぎても返事が
      ない。AACクラブの仲間や約10km手前で抜いた同年代選手が目の前を通過して行
      くではないか・・・ 『もし私がウソを言ってるならば失格でもいい』との発言で、やっと
      管理責任者は大会本部へ確認してくれた。が既に約18分経過していた。

      その時、先ほど抜いていった同年代選手が約400m?先を左折しようとしているのを
      見てしまったのだ。それから残り2kmの猛ダッシュが始まり、石田城お堀の石橋を渡
      りゴールまで約200mのところで追いついたものの、『ヨーッシ 勝負シヨウ!』との声
      を返された。だが、もうその時はヘトヘト状態で追う気力はない。 最後は爽やかな笑
      顔でゴールテープを切り、満ち満ちる達成感を充分に味わった!
                    
      トライアスロン競技歴17年目にして初めてで最大の失敗であった。これまでに約500
      0人近くの選手がゴールテープを切ったであろう本大会、周回チェック用のリストバンド
      を応援者に渡してしまうなんて、こんな失敗をした人は私以外にはいないだろう。 
      離島の日「ヒロシ商店」を訪れ事の次第を話す機会が持てた。 ご両親は目に涙を浮
      かべ大そう喜んだり、そして残念がってくれた。 話によると私がゴールした頃にマーシ
      ャル3人が入れ替わり立ち代り確認に来られたそうだ。また談笑中に五島トライアスロ
      ン協会長も立ち寄られ、「日本アイアンマンクラブ」の話ができたことなど貴重な時間が
      持てて感謝している。
                    
      恥ずかしながらこんな「不様なレース」を紹介したが、何故か心は晴々していて悔しさ
      が沸いてこないのである。自分がまだこんなにも「熱く燃えるものを持っていた」と発
      見できた事のほうが重かった!この度はレース参加だけでなく、今年1月1日に設立
      スタートした「日本アイアンマンクラブ」の発足会も実施するなど、実り多き大会となっ
      た。ただ、この度の不祥事でたくさんの方々に大変ご迷惑をお掛けしました事を、心か
      らお詫び申し上げたい!
          総合時間11:55:53   総合順位211位/723人中  60歳年代別4位/16人中
      (大会開催日:2007・6・17)
                    


投稿第四号

                  トライアスロンをやっています
                    

2007年6月24日
正会員
山本 伸子

     トライアスロンをやっています。・・・といえばほとんどの人がすごいね
     ・・・と言うリアクション。特別運動神経が良いわけでもない私ですが、
     トライアスロンは大して難しいことでもなく、誰にでもできることと思っ
     ているのですが・・・。

     それまでスイミングスクールに通い、近所を5キロぐらい走っていた私は、
     平成元年にテレビで立川の昭和記念公園で行われたレディストライアスロ
     ンの大会を見て、ブリジストンのロードマンを持っているからこれならで
     きるかもしれないと思いました。早速Tサイクルへロードマンに乗って、
     「これでトライアスロンができますか?」と訪ねて行きました。「やれな
     いことは無いと思うけど、練習会に来る?」と店長・・・こんな私がハワ
     イに行くなんてこの時は想像もしなかったでしょうね。その年に初めて出
     た
51.5キロの試合が、思ったほどつらく無くて3時間7分でゴール。今まで
     運動オンチと思っていた自分に自信が持てて楽しくて仕方ありませんでし
     た。


     家庭もあり、仕事もありの生活の中では、毎年
2.3回ぐらいしか試合には出
     られませんが、家族の理解もあり、今まで続けていることができています。
     子供の受験、実家の父の死、人生山あり谷ありです。その中で続けていく
     ことができたのは、何より練習が好きだからです。練習会では皆のペース
     が速すぎて、一緒についていくことができませんが、一人で山をバイクで
     走っているととても楽しいのです。もちろん泳ぐのも好き、走るのはもっ
     と好きです。練習はあまりつらくないペースで、終わった後、くたくたに」
     疲れて何もしたくないというレベルではありません。大体において後で家
     事をしなくてはいけませんから。だからのんびりと、マイペースで
20年近
     く続けています。


     家庭環境も変わりました。仕事の責任の重さも変わりました。その時その
     時の生活に合わせて練習しています。練習方法は、ほとんど自己流です。
     習えばもっと速くなったかもしれませんが、何しろ時間がありません。
     以前は会社の昼休みに走っていましたが、今は帰宅ランが主です。スポー
     ツクラブも
5回変わりました。速くはなっていませんが、遅くもなってい
     ません。ただし自信を持って言えるのは、
20代の私より、今の私の方がタ
     フでパワフルです。


     トライアスロンは、誰でもできる。いつからでもできる。そしていつまで
     もできる。そういつも言っているのですが、誰も信じてはくれません。

       ********************************

                 2007アイアンマンジャパン完走記!

        朝、富江のスイム会場に行ってびっくり、なんと大漁旗が、はためいてい
     ません。今年は風が無い・・・入水しても水が2
,3年前より冷たくありま
     せん。山本レースディレクターもこんないいコンデションは初めてと言っ
     ています。天候はうす曇。さあ長い一日が始まります。

        後で聞くとスタートのホーンを大会本部が忘れたとかで、大漁旗を挙げる
     だけという間の抜けたスタート。2分前にプロがスタートしていきました。
     スタートしてからも大してバトルに巻き込まれることも無く、いいポジシ
     ョンで泳げました。ゆっくり泳ぐのが楽しくてまるで練習の気分です。
     いつものようにコースロープ沿いを泳いで、陸に上がると39分、よし!
     という感じで2周目へ。行きはまずまずでしたが、帰りはロープ沿いから
     離れるので少し無駄があったようです。1時間24分でスイムアップ。


     バイクの更衣室から出たら、N氏とばったり。そこで記念写真。さあバイ
     クスタートです。春先の実家の地震被災であまり練習できなかったので、
     無理なく軽いギアでまわすようにしました。フロントは結局インナーのみ
     の選択です。今年の新しいバイクコースはいいですね。折り返しが2度あ
     って仲間ともすれ違えるし、何しろ時計回りで、玉之浦の海岸はとてもき
     れいに見えました。アップダウンが多いので非力な私にはタフなコースで
     すが、眠くならないために最初から補給をしっかりとって気持ちよく乗り
     切れました。何しろ練習のポイントが、バイクがいやにならないことです
     から、スピードは推して知るべしです。バイクアップ7時間41分。予定
     より10分オーバーです。

        大好きなランなのですが、知り合いに追いつこうと最初からすたすた走り
     出したら、1キロで両太腿が攣ってしまいました。数年前から攣り癖があ
     って何度も痛い思いをしています。氷で腿を冷やしエイドごとに塩を取っ
     て何とか10キロぐらいから走れるようになりました。まともに走れるよ
     うになったら少しはランナーをパスできるのですが、油断をして塩の取り
     方を減らしたら、また攣ってしまいました。反省して塩をしっかり取りス
     ピードを緩めて進みます。痛みさえなければ走ることは全然苦になりませ
     ん。いつもラスト10キロになったら帰宅ランをイメージします。この交
     差点、あのガードの下と思って進むと1キロがあっという間です。石田城
     に入場した時は、皆さんの声援を受けて胸が熱くなりました。14時間9
     分18秒。ジャパンでは一番遅いタイムですが、こんなに楽しめた試合は
     初めてでした。

        (大会開催日:2007年6月17日)


投稿第三号

            アイアンマン南アフリカ・リタイア記!
                   

2007年6月3日
準会員
塚原 登

       2007年アイアンマン南アフリカに挑戦、結果リタイアとなりました。滅多に行けない
      大会なのでその顛末をご紹介します。なお、この大会は6大陸アイアンマン制覇の夢を掛
      けての最後の挑戦であった事を書き添えます。


      《旅程》
       成田⇒香港⇒ヨハネスブルグ⇒ポート・エリザベスと便を乗り継いで、自宅の在る千葉か
      ら現地のホテル到着迄に掛かった時間は約27時間。これでもブラジルの時の36時間よ
      りはまだ近い。今回の旅で一番長いのは香港⇒ヨハネスブルグ間で約13時間。利用航空
      会社はJALと南アフリカ航空です。アフリカの略最南端のポート・エリザベスはその名前
      の通りイギリスの影響の濃いリゾートで、風さえ気にならなければ本当に風光明媚な素敵
      な場所です。海は大げさに言えばインド洋と大西洋に挟まれた海域です。季節の3月は夏
      の終わりですが、緯度が南緯34度位なので、日本の9月頃の気温と略同じ。ただ同じ海
      洋性気候でも日本の小笠原気団の様に高温多湿では無いので、結構からっとして過ごし易
      い印象でした。滞在中は大体晴れの日は日中で27℃、朝晩で12℃位でした。風は殆ど
      南西風か南東風が卓越していて、平均風速10b瞬間最大25bの毎日でした。海に面し
      たホテルの窓からは毎日大きな白い波が見えました。


      《スイム》
       街の東側の海水浴場(と言うよりはサーファーのたまり場?)をスタートする1900mの
      2
周回。当日も波は高く3b位は有り、おまけに潮がきつく桟橋の端を回って上陸する1
      周目の最後の150bは余りの潮の強さに周りの景色が暫く全く変わらず、中には桟橋下
      のブロックに打ち上げられる人もいて本当に大変だった。ここを脱出するのに心拍数1
      0位?になり、約5分間それこそ必死で泳いだ。遭難するかと思った。流石に2周目は大
      きく迂回して何とかこの潮目を避けたがその分更に時間が掛かった。通常僕のアイアンマ
      ンのスイム・タイムは約1時間15分ちょっとで上陸するが、今回は何と1周目51分、2
      
周目57分も要し、1時間48分のスイムとなった。塩水を沢山飲み喉はカラカラ、おまけ
      に上陸後も全く水が無く(1周目、2周目とも)酷い状態でバイクへ移った。


      《バイク》
       60`を3周回のコース。前半走り出して直ぐに一気に100b位の高度差を上る坂が有る
      外は全般にだらだら坂を除けば、あまりきつい上りは無い比較的走りやすいコース。ただ
      し風が無ければの条件付である。コース全体に前述の如くの風が有るので、ディープリム
      でも結構振られるが、風の方向が一定しないので真っ直ぐ走るのが非常に難しい。スイム
      で酔ったせいか、風のせいか余り分からないまま、ふらふらしながら2周目へ。でも周回
      の後半の景色は白い波の海がとても綺麗。2周目の50`辺りでバイクのトップ(例のバ
      イクスペシャリストのビヨーン・アンダーソンにラップされた。彼はアベ45`位で走り
      去って行く。こちらは26`位だ。その差は歴然としている。その後段々身体の状況が怪
      しくなり90`過ぎでは何度も路肩に落ちそうになる。これは風のせいでは無くコンピュ
      ーター()のトラブルだと判断し、気分も非常に悪かった為、100キロ付近で初めての
      リタイアを決意した。バイクから降りてマーシャルにチップを渡し、暫く休んだ後迎えに
      来た収容車に乗って、途中何人かのリタイアした選手(有名なプロもいた)と一緒に、ス
      タート地点へと戻った。直ぐに近くのホテルに帰りシャワーに入り1時間ほど寝たら少し
      は楽になった。その後、着替えて外へ出て応援を兼ねてレースを見た。半分もレースをや
      っていないので体の消耗は少なく、何で止めたのかと思う位であった。やがてトップが帰
      って来た。あの強風の中をダントツのバイク・スプリット(4時間23分)を出した選手
      はランであっさりリタイア(コースレコードは無効)し、替わってランを2時間43分で
      走ったベルギーのディフェンディング・チャンピオンが2連覇を飾った。


      《印象》
       風さえ無かったら非常に良い印象になった筈です。コース設定、応援、エードその他、流
      石にアメリカの大会には適いませんがそこそこ良かったです。応援は非常に素晴らしいも
      のが有りました。応援の寂しいバイクを除くとランは平坦な上に街の中心を何度も往復す
      るので、凄い応援が続きます。あのナターシャ・バドマン(当然優勝)も感激していまし
      た。ただお勧めの大会と言えるかどうかは疑問です。やはり日本からは遠すぎます。お金
      も掛かるし(レース後の観光も含めると約45万?)ちょっと海外でアイアンマンをと言
      う訳には行かないと思います。日本人の方で世界中のアイアンマン完走を目指している自
      由業?の方と今回ご一緒しましたが、休みは少ない、お金も無いアイアンマンにはちょっ
      とチャレンジ出来ない大会だと思います。尚、彼は最終ランナーとして無事制限時間内に
      完走しました。立派なものです。もし何方かアフリカへ行きたい方が居られたら色々アド
      バイスは出来るかと思います。特にレース後の観光(世界三大瀑布のビクトリア滝や動物
      サファリ
..殆どの動物を見る事が出来ました)に関しては、実際に色々見て来ましたの
      でお話し出来るかと思います。尚、昨年のアイアンマン・ブラジルのレース後に見たイグ
      アスの滝の方が滝としては豪華だった印象です。三大瀑布はそれぞれ持ち味が違うので、
      一概には比較できないと思います。又季節によって水量が違いそれこそ雨季と乾季では全
      く別物です。世界で最も恐ろしい街?ヨハネスブルグにも観光に行きましたが、車を降り
      さえしなければ、問題は無かったです。ただ、黒人街は異様な雰囲気でした。あの場所で
      2010年にサッカーのワールドカップが行われるのは、ちょっと心配です。


       この冬は自分なりに老体に鞭打って、こそ練頑張りました。コンディショニングも上手く
      行き長旅の後にしては現地でも調子が良かったのですが、結果は前述の有様でした。また
      アイアンマンの神様に歓迎されなかった様です。何時もと同じ言葉『アイアンマンはもう
      嫌だ!』と言いたい所ですが、それぞれのレベルでまだ絶対に楽しめる筈なので、諦めず
      に又何時か挑戦したいと思います。それが何時に成るか全く不明です。アフリカはもう嫌
      だ!(あの海はもう嫌だ!)は事実です。6大陸制覇?はもう諦めました。暫く死んだ振
      りの予定です。折角新調したレース用のZIP303ホイールは暫く倉庫入りです。でも
      宮古島、福江には応援かサポートで行きますので、皆さんお付き合い下さい。


       拙いレース報告最後までお付き合い戴き有難う御座いました。
      (大会開催日:2007年4月2日)


投稿第二号

      還暦の記念大会「全日本トライアスロン宮古島大会」!
                            

2007年5月7日
正会員
宗政 義仁

   今大会の「熱い想い!夢 チャレンジ 宮古島」のテーマは、正しく今大会にかける
   私の気持ちにピッタリの言葉で有った。60年の歳を重ね新たな旅立ちの記念として
   絶好の舞台となったこの大会、かける想いには熱い熱いものが有った。
   トライアスロンと言う素晴らしいスポーツに親しみ、仲間と共に楽しみながら活動す
   る中で、一つの大きな夢に向かってチャレンジする。そういう意味で今回の「
60歳
   代年代別一位
」達成は大きな喜びであった。
                

   大会前夜には稲妻が走り雷鳴がとどろき天候が心配されたが、幸いなことに大会当日
   は一日中トライアスロン日和の曇空?に恵まれ、暑さは程々で助かった
。スイム・バ
   イクは例年通りの潮・風状況だったが、ランは蒸し暑さとの戦いだった。
                

   我がクラブからの参加者は12名をかぞえ全員完走を果たしたが、その中でも一番嬉
   しかったことは、60歳以上のカテゴリーで10位以内に3人が名を連ねた事だった。
   お互いが良い刺激を受け与え合いながらのトレーニングの中でのこの結果は、「
クラ
   ブ活動の真価」を示したと考える。
      
          
氏   名 完走時間 総合順位 年代別順位
宗政 義仁 9:57:30 134
中川 隆二 11:14:39 430
的場 健一 11:18:31 449

   本大会は皆さんもご存知のように「参加者の上限は65歳」と定められている。選手
   側から見れば殆どの人がそれを歓迎していない。多くのデータが無いのになぜ65歳
   なのか、日本でもここだけの規則であり、世界的に見ても他で聞いたことが無い規則
   である。

   マラソン・ボクシング・レスリングだって毎年何処かで何人か亡くなってるではない
   か!マスコミの報道の仕方にも問題があると考える。面白おかしくまでとは言わない
   が、何故か大げさに取り上げているように感じてならない。大会実行委員会に対しこ
   の場を借りて、規制撤廃して頂きますよう改めてお願いする次第です。

   この度のこの機会に「
宮古島オーバー60の会」と「日本アイアンマンクラブ」は日
   本トライアスロン界発展とシニアトライアスリートの今後の活発な活動を願い、募集
   活動や会合でお互いの今後の健闘を称え合い確認し合った。

                
       宮古島オーバー60の会http://www.ne.jp/asahi/shake/hand/page004.html
       日本アイアンマンクラブ:http://jic.konjiki.jp/
       (大会開催日:2007年4月22日)


投稿第一号

          07アイアンマンオーストラリア大会参戦記!

              

2007年5月2日
正会員
石井 英機

     2003年以来4回目になるアイアンマンオーストラリア大会へ参加してきました。年代別で幸い
       1位となり5年ぶり3回目のハワイ行きが決りました。バイクとランできついアップダウンがあるハ
       ードコースでしたが不安だった坐骨神経痛もおさまってくれてなんとか完走できました。
       かみさん、整形外科やカイロプラクテイックの先生や応援してくれたクラブの皆さんに深く感謝致
       します。大会後マレーシア大会で知り合ったG氏夫妻のお宅にステイしてシドニーのホリデイを
       楽しむなど大変有意義な旅行でした。今後県内のイベントなどをしっかりサポートし身体を充分
       ケアーしながらトレーニングしてハワイにのぞむつもりです。

       
  3月28日(水) 自宅10:00AM発〜成田空港 9:30PM発〜シドニー
       静岡の自宅付近では桃が五分咲き、桜のつぼみはまだかたかった。上野公園の桜は五分咲き、
       国立博物館でダビンチの「受胎告知」などを鑑賞した。「最後の晩餐」などでも駆使されている空
       気遠近法に感心した。次に日本橋に行き川合玉堂展を鑑賞、画と書が一体となった作品によくわ
       からないながらも趣を感じた。成田空港ではツアー仲間に会えずツアーコンも姿を見えずさみし
       かった。バイクケースは20Kgだったのでスムースに通った。JALは25KgまでOKだったと後で
       聞いた。大阪名物のたこやきとビールで軽い夕食をとる。


    
3月29日(木) 晴れ シドニー7:25AM着 (時差1時間 所要時間 9時間 )10:30AM
       〜ポートマックオリー(シドニー北方約400Km)
       5:10P
M着現地ガイドで日本語ぺラぺラのP氏や大阪のボスK氏とうれしい再会。ツアー仲間は
       計8名ですぐ仲良しになれた。国内線ではバイクが乗らないため陸路となる。P氏のキャリアーカ
       ーで出発。5時間の間低い潅木の林が続き日本流に言えば殆んどが未開発地。轢かれている動
       物はカンガルーだという。たまに牛の牧場、らくだの牧場もあった。やがて海岸が見えてきてサー
       フインに適した波だと言ってP氏が喜んでいた。ポートマックオリーは従来のフオスターよりにぎ
       やかだ。モーテルのオーナー夫妻は訪日経験があり親切でした。部屋は電子レンジ付でありが
       たい。持参したコッヘルで自炊OK(電圧は220Vのため変換コネクターが必要)。夕食は皆で近
       くのパブにでかけステーキとビール。結構の味でした。スーパーで早速ビールとパンなどを買っ
       た。オーストラリア$は以前66円位でしたが今は約100円で物価は高いです。


       3月30日(金) 晴れ ポートマックオリー
       5
AM起床。よく眠れた。窓からヨットがもやっているヘイステイングス川が見える。旗や木の葉が
       激しく揺れていた。朝食をとり6:30
AMウエットスーツを着てウエストパークへ。ゆっくり歩いて
       15分、川には大型のペリカンが
3羽ゆうゆうと泳いでいます。ここがスイム、バイクとラン全ての
       スタートとフイ二ッシュの地点となっており大変便利だ。スイム会場は河口で、透明度はよくない
       が波や流れは全くなし、水温は
20℃位か、ウエットスーツのおかげで冷たさは我慢でき快適に泳
       げた。9
AM皆でレジストレーションに出かけた。陽気なおばちゃんたちが愛想よく迎えてくれ無事
       に済ませた。正午皆でバイク10Km先の激坂をトライしに行く。距離は短いが20%近くあろう。
       突入時勢いをつけることが肝要。この経験がレースで大変役にたった。宿に戻るとG氏が訪ねて
       くれたと聞き彼の宿を訪ね歓談した。カーボパーテイに参加、何故かテント内は暗く味も今一で
       した。イベントも印象は薄かったです。


       3月31日(土) 晴れ ポートマックオリー
       朝食後再びスイム会場へ。フアンラン(5Km)に参加するため大勢の子供や選手が集まってい
       た。9:30
AMから競技説明会へ。コース、ルール、医療、警察やボラの説明がそれぞれあった。
       水温は21.
5℃が予想されウエットスーツはオプションという。バナナは1600Kg用意したとの
       説明に爆笑。バイクのチェックインに際して時々チェーンが落ちてしまうためシマノのテントに行
       きチューンアップしてもらった。おかげでレースではノートラブルだった。ギアーは皆でバックか
       ら一度ぶちまけて確認しあった。前回バイクシューズを入れ忘れて180Kmを裸足で走りきりし
       かもハワイゲットして特別賞をもらった日本選手がいた。
 ビールは350ml1缶で我慢して夕食、 
       8:30
PMそうそうに眠りについた。


      4月1日(日) レースデイ 晴れ ポートマックオリー
       3
AM起床。よく眠れた。朝食は赤飯と味噌汁、バイクで食べる梅干いり赤飯のおにぎりもかみさ
       んがつくってくれありがたい。5
AM皆で会場へ。ナンバーリングではエイジを示すアルフアベット
       のみ。バイクのエアー入れの間破裂音を聞く。おそらくクリンチャ−だろう。ベビーオイルをぬりウ
       エットスーツを着ていよいよ入水。

       
スイム:1時間25分22秒  総合1366位 年代別2位
       1600余人を申告順に5組に分けキャップの色に一致するブイの後で立ち泳ぎする。デイープウ
       ォータースタートというそうだ。自分はもちろん最終組。従って100m位余計に泳ぐことになる。
        女性ボーカルのオーストラリア国歌が終わると号砲一発長い一日が始まった。コースは時計回
       りの2周回。波やうねりは殆んどなく水温もまずまず。バトルはジャパンやチェジュと違いで全く
       なし。後で分かったが何しろ自分の後には92人しかいなかった。バイクともどもオージーのスイ
       ムのレベルは大変高い。以前は右に右に曲がってしまったが交互オープンをしながらほぼコース
       ブイに沿って泳げたのは収穫だった。ヘリコプターが低空で飛んでいたが心臓麻痺をおこした選
       手が出たと後で聞いた。それほどの疲れもなく上陸、時計を見ると1時間25分でまずまずだ。

     トランジションではよろけたり指がしびれもなくスムースに着替えることができた。

     バイク:7時間32分56秒 総合1368位 年代別2位
       アップダウンのきつい3周回のコース。路面は良い。周囲は低い潅木、森に入ると蝉が鳴いてい
       た。行きは左手の海側からの向い風で22Km/h、帰りは30Km/h位。持参したおにぎり、ゆ
       べし、羊羹やあめなどをしっかり食べた。10Km毎にエイドステーションがあり水、ドリンク、バナ
       ナやビスケットをチャージしてくれた。マーシャルが頻繁にパトロールしていたがプロはドラフテ
       イングすれすれに走り去る。格好いい。ハーフ地点でトイレ休憩、立ちションは警告の対象となっ
       ている。それでも1回だけ見た。ハイライトは例のスタート10Km付近の急坂、大勢の観客やカメ
       ラマンが待ち構えている。計3回ありこける選手もあったようだが自分はなんとかクリアできた。
       幸い腰や下腿部や股下などに痛みが出ずパンクやチェーンはずれなどもなくラッキーだった。
       「ハーイ」や「グッデイ」など選手と交わして楽しかった。1周回目:2時間27分、2周回目:2時間
       31分、3周回目:2時間33分と遅かったが安定していた(?)。

                    
     ラン:4時間34分01秒 総合752位 年代別1位
     計:13時間32分22秒 総合1194位/完走1458人/出場1530人 年代別1位/完走4人
       /出場6人
途中雨が降ったがコンデイションはOKだった。アップダウンはきつくチェジュ以上だ
       ろう。外人選手が早く歩くのには参った。オージーの熱烈な応援がうれしい。奥田陽子プロからも
       声援をいただきありがたかった。日没後はライトステイックを頼りに後を追い、前から来る選手を
       避ける。2Km毎のエイドステーションではバナナ、クッキーやオレンジをいただく。大声援を受け
       タッチの求めに応えながら元気にフイ二ツシュできた。お姉さんがしっかり支えてくれ完走メダル
       をかけてくれた。かみさんとG氏にもすぐ会えた。ストレッチをして出口にゆくとなんとN氏夫妻(0
       3年訪日)が来てくれていた。スコーンから5時間かかったという。かみさんらと一緒にモーテルに
       戻りシャワーを浴びて町に出たが10PMでクローズ。ビールを飲んだだけで翌日の昼食を約束
       して別れた。ツアー仲間はK氏(背中痛)を除き全員フイ二ツシュできた。ビールとワインで乾杯。

     11:30PM花火が上がり長い一日が終わった。
                    
      4月2日(月) 晴れ ポートマックオリー
      6:00AM起床、疲れすぎかよく眠れなかった。内臓の疲れはそれほどなかったかトースト、卵や
       味噌汁の朝食がうまかった。バイクのパッキングをしてインフォメーションセンターに行く。年代別
       トップと分かりホッとした。ハワイレジストレーションのテントに行くとお祝いの言葉とサーテイフイ
       ケートを発行してくれた。エントリーフイーは米$475だ。モーテルに戻り皆にお見せし喜んでい
       ただいた。N氏夫妻と中華レストランで昼食。ワインの持ち込みなどOKだ。シーフードコンビネー
       ションはうまかった。彼女はスピーチコンテストで2位となり次をめざして元気はつらつだった。
       再会を約束してお別れした。6PMからアワードパーテイー。ビールのサービスはあったがビーフ
       など食事は今一でした。K氏のリードで表彰時に騎馬戦スタイルで舞台まで上げてもらい皆さん
       に喜んでもらいました。賞品は金メダル(メッキ)、クリスタルグラスの盾、タイメックスの時計と白、
       赤のワインでした。モーテルに戻って皆さんに飲んでもらいました。優勝した男女プロ選手は大会
       関係者らに感謝し、ライバルを称えていた(ようです)。笑いをとりながらのスピーチにいつも感心
       します。さぞ練習したのでしょう。


     4月3日(月) 晴れ ポートマックオリー〜シドニー
       8:30AMお世話になったモーテル発。インコが椰子の木にとまっていた。夜にはコアラを見たと
       も聞いた。パシフイックハイウエイを再びえんえんと5時間走る。途中旧道に入ったがP氏らが使
       うバイクコースだという。長いきつい上りがあり峠のレストランで一休み。ラム肉のパイとエスプレ
       ッソはうまかった。皆さんをシドニーのホテルでドロップ、我々はクローンタフのG氏宅に送っても
       らった。彼の邸宅はジャクソン湾の一部(?)を囲む丘の中腹にありベランダから湾、停泊してい
       るヨットなどが見えすばらしい雰囲気だ。道から玄関まではうっそうと樹木が茂りインコやオウム
       の鳴き声が聞こえた。手入れはさぞ大変だろう。E夫人が仕事から戻るまで彼の車で付近を案内
       してもらった。丘をアップダウンして様々な角度からすばらしい湾を見ることができた。彼女の作
       ってくれたラム肉、ジャガイモ、かぼちゃの料理とワインやビールを味わいながら
05年静岡以来
       の大変楽しい時を過ごした。


     4月4日(火) 雷雨後晴れ シドニー
     6:30AM起床。E夫人は出勤、G氏がトーストなど用意してくれてベランダで湾を見ながら朝食。
       あいにくの雨だったがやがて虹が見えた。ドライブに出かけまずサーフインの記念碑、次にダー
       リングハーバーの水族館へ。小さな鮫を触らせてくれている。指で掴んだらノー、単にさするのだ
       と指導された。センテニアルパークは周囲3.8Kmのコースがありジョガーやサイクリストがトレ
       ーニングしていた。夕食はマンリのレストランで神戸牛をご馳走になった。美味でした。ここでも
       持参したワインはOKでした。


     4月5日(水) 晴れ シドニー9:30AM発〜帰宅10:00PM
     5:00AM起床。朝食をご馳走になりバイクともどもG氏に送ってもらい6:45AM空港着。8日間
       のオーストラリア滞在を終え無事帰宅した。付近の桜は散り始めていました。大勢の皆さんに大
       変お世話になりおかげで楽しい充実した旅行となりました。どうもありがとうございました。 
      (大会開催日:2007年4月1日)