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投稿第七一号
         11年アイアンマン西オーストラリア大会参戦記!

2011年12月21日
JIC会員
石井 英機氏

       パースの南300Kmバッセルトンで開催されたアイアンマン西オーストラリア大会へ
       3年ぶりに参加してきました。結果14時間15分(前回より1時間28分遅れでちょう
       ど今回トップとの差)でしたが年代別3位はラッキーでした。現地は初夏、朝晩20℃、
       日中30℃前後で湿度が低く過しやすくただハエが多いのには閉口します。

       スイムは水温20℃かなりの波があり、バイクもフラットコースですが向い風に悩みま
       した。多勢のボランテイアのサポートと観客の皆さんの盛んな応援のおかげで完走
       できました。JICのお仲間とレース前後でおいしいビールを飲みながら至福の時を
       過ごしました。かみさん、バイクショップの親父さん、カイロプラクターや応援していた
       だいた皆さんに深く感謝申しあげます。

       今年は3.11の大震災があり、県協会として新東名デュアスロン大会含めて5つの
       トライアスロン大会などでスタッフと選手の皆さんに復興支援の募金にご協力いただ
       きJTUを経由して現地にお送りしました。来年は岐阜国体でトライアスロンは公開競
       技となります。県内でも20周年記念大会が予定されています。復興支援を継続しな
       がら県協会あげて公正、公平、安全で楽しい大会にすべく頑張ってゆくつもりです。

       11月30日(水) 晴れ 自宅 5:50AM発〜成田空港 9:00AM着、11:40AM
       発〜シンガポール6:00PM着
       (現地時間 時差1時間遅れ,所要時間7時間20分 約5700Km
       静岡の自宅付近では桜の葉がすっかり落ち、さざんかの花が咲いています。前回は
       上野によりましたが今回は空港へ直行です。チェックインではバイクの重量を20Kg
       に抑えたのでサイズ(3辺の和)は218Cmでしたがオーバーチャージなしでした。
       (8月ドイツ行きのANAでは203Cmを超過していたので1.5万円とられました)
       IMドイツ(フランクフルト)大会で一緒だったJIC会員のM氏に会え心強い。機内では
       タイガービール、白や赤のワインを飲みながら昼食をとりました。パースまでの直行
       便がなくなりシンガポールでトランジットです。待ち時間6時間のため希望者13名で
       夜のツアーに出掛けました。日本語が堪能な現地人ガイドが案内してくれました。
       地震や台風がないためとか高層のビルが林立しています。車優先で信号なし、トヨ
       タ車などが猛烈にとばしています。人は地下道をくぐります。まずは屋台に行きラー
       メン、えびそば、焼き鳥などを皆さんで分け合って味わいました。イスラム教徒が多
       いためか豚や牛の料理は少ないようです。味はまずまずでしたがかみさんはペット
       ボトルの水が悪かったのか下痢をしたようです。次にリバークルーズです。両側はウ
       イークデイなのに大いににぎわっています。マーライオンをバックに写真をとりました。

       12月1日(木) 晴れ シンガポール1:15AM発 パース6:00AM
       (サマータイム採用 時差1時間遅れ所要時間 6時間 約3900Km) 
       7:30AM発 〜マグナ10:00AM〜バッセルトン(パース南約300Km
       10:30AM着  (自宅から約30時間かかりました)
       現地ツアー会社のCさん(日本人女性)とR氏が迎えてくれました。JICのT氏や女子
       プロのSさん含め20人くらいのツアー仲間と合流しました。日差しまぶしく気温32℃
       で風があり大変乾燥していました。大型バスに乗ってバッセルトンに向かいます。途
       中稀に牛などが草をはんでいるのが見られますが未開発地?がえんえんと続きま
       す。旱魃が続いているようで倒木が多かったです。湿地に黒鳥をみかけました。
       Eホテルに着くとU氏が挨拶しバイクのメンテをするとアナウンスして皆さん安心しま
       した。我々の部屋は2階で電子レンジ、冷蔵庫、バスタブ付シャワー、2つの大きな
       ベット、広々としたベランダがあり最高です。すぐ近くの大会事務局で選手登録を無
       事にすませて、スーパーなどでパン、ハム、チーズ、サラダ、ビールを仕入れました。
       組み立てたバイクをU氏にチューンアップしてもらいました。次はJICのT氏とM氏と
       ベランダでビールを飲みながら作戦会議?です。6PMからは皆さんと近くの中華レ
       ストランで夕食です。アルコールは自分達で持ち込みます。自己紹介後4種類ほど
       注文して皆さんで分け合っておいしく味わいました。停電がありましたが店員はあわ
       てることなくろうそくをつけお客も騒ぐことなくゆうゆうと食事を続けました。

       12月2日(金) 晴れ 日中32℃ バッセルトン
       5AM起床。よく眠れました。外は既に明るい。風がかなりあり涼しい。せみがチッチ
       と鳴いています。7AMホテルのレストランでT氏、M氏と同席し朝食です。パン、シリ
       アル、ジュース、コーヒーや果物などフリーです。暖かいボリュームのあるベーコンエ
       ッグがメインディシュです。9:30AMご両人とWSを持って試泳に行きました。歩いて
       5分程度です。右手からかなりの波がありました。10分程度で引き上げました。水
       温を計ると18℃位でした。レースでは辛子入りワセリンを塗るつもりです。昼食は再
       びご両人と一緒です。ビールはすいすい入ってしまいます。ビターでなくおいしいの
       です。5:30PMカーボパーテイへ外を歩くととにかくハエが顔にまつわりつきます。
       大型のテントの中には3人くらいで囲めるスタンドが10ヶ位あるだけです。後からき
       た選手らは芝生に座って食事をとることになります。料理はラザニア、茹でたジャガ
       イモなどいまいち、ご飯はまずいしビールは売っていません。やがて幕の向こうに行
       くと椅子席になっておりセレモニーがスタート。歓迎の挨拶、プロのスピーチがあり、
       前回のビデオを見ながら優勝者が解説した時には皆さん爆笑です。早口のオースト
       ラリア英語は殆ど理解できません。最後に競技説明会、WSの着用はバイク、ギア
       ーのチェックイン時発表される、ペナルテイボックスは2ヶ所あって各ラップの終わり
       に入らねば失格などがアナウンスされました。8PM終了。ご両人の階下はミュージ
       ックボックスがあり眠れず我々の棟に引っ越すことになりめでたし。

       12月3日(土) 晴れ バッセルトン
       6AM.起床。外は16℃、少し寒い。久しぶりにストレッチをしました。朝食後かみさん
       とジェテイに行き2人で5A$(450円)払い1.8Km先端まで50分かけて歩きました。
       南半球最長の木製桟橋です。線路があってトロッコがゆっくり走りお客さんを運んで
       います。魚を釣っている人、ダイビングを楽しんでいる少女達などのどかな雰囲気で
       す。先端の土産店の下は螺旋階段になっており窓から海草や魚が見られるように
       なっています。海底は8m程度で遠浅です。スイムは反時計回り(東から西へ)にこ
       の先端を一回りすることになります。観客は桟橋を歩きながら最初から最後まで選
       手を見ることができます。岸辺では18℃程度さほど冷たくありません。
       ホテルに戻りお仲間とバイクとランのギアーバッグの中身を確認し合いました。初め
       てのアイアンマンレースの人もあり不安でしょう。2PMバイクとギアーバッグのチェッ
       クインに出掛けました。ここでタイミングバンド手渡されます。WSの着用もOKのよう
       です。車検ではハンドルバーのキャップがないと取り付けを命じられます。バイクとレ
       ースナンバーの写真を取られます(ドイツでは本人もでしたが、これは我々も見習い
       たいものです。問題なければ消してしまえばいいのですから)。バイクラックに自ら
       架けますが偶数、奇数で交互にサドル前部をバーに架けます。バイクとギアーバッ
       グもそれぞれ自ら架けます。ヘルメットはレース当日持参します。忘れたら大変です。
       かみさんと土産などショッピングし早々にホテルへ。レース前日だけはアルコールな
       しにしています。焼きそば、サラダ、日本茶などでさらっと夕食にして8PMには眠り
       につきました。

       12月4日(日) レースデイ 晴れ バッセルトン
       2:50AM起床。よく眠れました。外は19℃、風はありますがまずまずのお天気です。
       朝食は赤飯と味噌汁などしっかりとりました。バイクで食べる梅干いり赤飯のおにぎ
       りをアルミフオイルで包みます。ナンバーリングがありませんのでかみさんに手伝っ
       てもらい辛子入りワセリンを全身に塗りたくりWSを着用します。4:45AM皆さんと
       会場へ、5分も歩けば着きます。バイクのエアー入れ、おにぎり、オブラートで包んだ
       湯べし、羊羹や飴をベントーボックスに搭載します。スタート前の緊張感に満ちた時
       間です。
       
       スイム:1時間32分49秒 (08年12月同大会比▼8分4秒)  総合1007位/
       約1400人  年代別4位/9人
       国歌の斉唱はなく約40人のプロが1人ずつ紹介されて海に飛び込んで行きます。
       5:30AM50m沖からホーンの合図でスタートしてゆきました。緊張感が増してきま
       す。我々エイジグルーパーは砂浜からです。アップを少ししました。5:45AM同じ合
       図でスタート、長い一日が始まりました。辛子入りワセリンとWSの効果でさほど冷
       たくありません。皆さん先にいってしまいバトルは殆どありません。過呼吸に陥るこ
       となく、右手は眩しい太陽が昇り、かなり高い波が寄せてくるため左オープンで桟橋
       を見ながら落ち着いて泳ぎました。先端の大きなブイ2つを回ると44分が経過して
       いました。さて復路です。波は後ろからなので楽になりました。少しの間ドラフテイン
       グ(併泳)もできました。かなり右方向に流されたようでカヌーに乗ったスタッフから
       盛んに左へ行けと指示されました。砂浜に上がると1時間31分少々がっかりしました。

       バイク: 7時間20分56秒 (同上 ▼21分0秒) 総合1141位  年代別5位
       ラックにはバイクがパラパラです。トランジションでは雨にはならないと思って半袖と
       バイクパンツとしました。1周60Km全くのフラットコースですが風が強くともすると2
       0Km/h位で走っています。どんどん抜かれます。女性選手が大して力は入ってい
       ないようですが、リズミカルに回しながら追い抜いてゆくのを見て反省しきりです。
       郊外では両側5〜6m高さのユーカリ?の木でせみが盛んに鳴いています。15Km
       
おきのエイドステーションでは学生さんが水、ドリンク、バナナなどチャージしてくれ
       ます。ベントーボックスの赤飯のおにぎり、湯べし、羊羹、あめなどをしっかり食べま
       した。塩分と糖分をとれる日本食はいいと思います。路面は一部荒れていましたが
       よく整備されていました。それでも5〜6台のトラブルを見ました。股下が痛んできて
       しばしば立ちこぎをしました。マーシャルが頻繁に回っておりドラフテイングには注
       意しました。明らかにドラフテイングしている日本選手も見かけました。1周目は2時
       間20分、2周目同33分、3周目同25分でしたがこの風では順当なところでしょう。
       
       ラン: 5時間6分4秒 (同上 ▼43分10秒)  総合662位  年代別1位
       合計: 14時間15分38秒(同上 ▼1時間28分2秒) 総合951位/完走
       1163人/出場1283人  年代別3位/完走6人/出場9人
       トランジションではランシャツ、ランパンとしました。4周回コースで会場付近では多
       勢の観客が盛んに応援してくれ力になります。郊外では美しいビーチに沿って走る
       フラットのコースです。2Kmおきのエイドステーションではサービスも結構でした。
       バナナ、パンなど食べてハンガーノックを防ぎました。歩いている選手が多く見られ
       ましたがひたすら走りました。「WELL DONE」と言ってくれますがまだフイニッシュ
       してはいません。4位になった豪選手ともしばしお話しました。前半の20Kmは2時
       間少々でしたが後半は3時間かかったことになり大幅なペースダウンです。しかし
       懸念していた右足の腱鞘炎の痛みが出なかったことはラッキーでした。かみさんが
       振っている日の丸の小旗を受け皆さんの盛んな声援をいただきながらフイ二ツシュ
       できました。完走メダル、Tシャツをいただき、お嬢さん2人にふくらはぎをマッサー
       ジしてもらい早期な回復につながりました。ホテルに戻りシャワーを浴びた後バイク、
       ギアーのピックアップをしました。ラーメンを食べながらビールを飲むことができました。
       かみさんは洗濯にむかってくれ感謝です。長い一日が終わりました。

       12月5日(月)  晴れ バッセルトン
       6AM起床。疲れ過ぎかよく眠れませんでした。バイクのパッキング後T氏、M氏と
       朝食。完走を祝いました。10AMリザルト発表、T氏は2位、自分は3位、M氏は9
       位でした。11AMからのハワイ登録は野外です。T氏はロールダウンで見事ゲット
       しました。おいしいビールで乾杯しカップヌードルの昼食としました。激戦を振り返り
       ながら話はつきません。T氏は大分歩いたようでお疲れさまでした。5:30PMから
       アワードパーテイー。かみさんは50A$(4500円)です。料理はカーボより豪華で
       す。ビールやワインは甲にマークされて2つまでです。充分飲み食べた後セレモニ
       ーです。若いエイジからトップ5が表彰されます。控えの間で我々エイジのトップ(豪
       67歳)、2位(米67歳)、4位(豪65歳)と祝い合いました。ステージでトロフイをい
       ただき皆さんから祝福していただきました。最後はプロです。男女チャンピオンがボ
       ラやスポンサーに感謝しながらスピーチしました。ビデオの放映があり来年の再会
       を期して閉会しました。

       12月6日(火)〜7日(水) バッセルトン9AMホテル発、〜パース0:30PM着、
       6:30PM発〜シンガポール11:10PM着、12日0:30AM発〜成田7:30着〜
       自宅0:15PM着 (27時間かかりました)
       皆さんで集合写真をとりまして夢のような5日間の滞在を終えホテルを後にしました。
       パース空港では雷で大幅遅れでひたすら待ちました。お隣りのご夫人はタイ人。
       パートの仕事が新しく入ったと興奮していました。主人はオーストラリア人、7歳の
       息子さんをアイフオンで見せてくれました。機内ではチキンを食べました。日本食が
       恋しいです。映画「パリのアメリカ人」を見ました。タップダンスが素晴らしい。無事
       成田着。荷物もすぐ出てきました。ツアー仲間に再会を期しながらお別れしました。
       大変楽しかったアイアンマンツアーが終わりました。お世話になりました大勢の皆さ
       んに深く御礼申し上げます。
       (大会開催日:2011・12・4)



投稿第七〇号
     IRONMAN 70.3 ASIAPacific Championship 
           Laguna Phuket Thailand!


2011年12月9日
JIC会員
西村 詮幸氏

       ここ2〜3年、怪我や事故・故障で自分に優しくなり、思う様なレースが出来ず、今回
       は内緒で静かに出掛けました。何時もバイクで眠気に襲われ不調なので、解消方法
       をハーフ大会で試してみようとしていた矢先、知り合いよりIRONMAN大会が来年アジ
       アで開催されないかもしれないからと、プーケット大会への参加を誘われました。
       ハワイ大会やその他の大会で不完全燃焼でしたので出場を決意しました。

       大会(Swim 1.9km Bike90.1km Run21.1km)ですが、スイムは1280m海を泳ぎ、少し
       砂浜20〜30mを走り、溜池(真水)を620m泳ぎ、バイクは45kmと75km付近に4〜5ヶ
       所の急激なアップダウンがあり、殆どの人が降りてバイクを曳く厳しいコース、ランは
       フラットで舗装+芝生の2周回コースでした。

       ロングironmanと違い1日に登録・車検・バイク預託・説明会・コース下見と強行スケ
       ジュ−ル、気温32度でお陽さんが照り付ける中、コース下見をして疲労困憊、明日の
       大会完走が心配されました。
       合計762名が参加、日本人は100人弱、私のカテゴリーはUSA2名、JAPAN2名の
       対決となりましたが、結果USA1名は棄権でした。

       スイムですが、ウエ−ブスタートで砂浜から6時30分プロ、 エイジー若手男子、年
       寄と女子の3ウエ−ブのスタートでした。海は気持よく、真水の溜池は海水との身体
       の浮き具合等心配しましたが、水温は高くこれまた順調に泳げました。ウエ−ブスタ
       ートなのでバイクラックにバイクが少なく焦りを感じました。

       バイクに入りヘルメット等着用しスタートするも、1000m弱でゼッケンつけ忘れに気付
       き、逆走して戻りテントに入り腕のNo.を見せ、バイク預託袋の中からゼッケンを探
       すが見当たらない。すると係が此処は女子テントだと指摘され、直ちに男子テントに
       行き探したが袋が多く見つからず、係にNo.を見せてやっと探し当てる。その間10分
       以上ロス、これまた何時もの自分に厳しいレース結果になるかと思い、私に与えられ
       た試練でした。

       .ハワイでは不完全燃焼、今回もまたか?と心配する。兎に角全力で頑張り、結果は
       どうであれ納得の行くレースをしなければと気を抜かず、先行していただろう同エイ
       ジを追うべく頑張りました。幸い晴天でなく雨曇り、30〜45kmではドシャ降の雨、先
       が見えなくなる激しさでしたが、スリップ転倒の恐れよりも灼熱の暑さで体力消耗す
       る事がない方が幸いだと思いました。

       前半のアップダウンではタイヤがスリップ、ビンデイングが外れずに転倒する人が多
       くいました。私もスリップしましたが辛うじてセイフ、転倒をまぬかれました。その後は
       降りる位置を定めビンディングを外して挑戦しました。ここで先行された最高齢79歳
       のTさんを捕らえるも抜きつ抜かれつ、後半の激坂では辛うじて先行、息継ぐ暇の
       無いバイクでした。 (Tさんはロングを始めて3年目、のりのりヤングマン?です)
       ランに入ってもTさんとの先行争いとなり挫けそうになりましたが、年上に簡単に負
       けられない意地で頑張り、また沿道の大勢の応援を受け先行できました。

       お蔭さまでUSA1名も一周回目前半で捕らえる事ができ、IMハワイの参加権利獲
       得となりました。Tさんとの競走のお蔭で権利を獲得、お互いに健闘をたたえ合い
       ました。ゼッケン付け忘れの試練も乗り越える事ができ、久しぶりに納得の行くレー
       スができ、ロングを始めてから5〜6年後頃のモチべ−ションを思い出すレースがで
       きました。
       (大会開催日:2011・12・4)



投稿第六九号
      
Ironman World Championship レースレポート!


2011年10月20日
JIC会員
小松 亮氏

     こんにちは。スペシャライズドの小松です。以前から個人的・会社的にも宣伝(喧伝?)を
     しておりましたが、
108日にHawaii, Konaで開催された世界のトライアスリートの夢の祭典
     
Ironman World Championshipに出場してきました。レースレポートの前に、雑感を少々。
       アマチュアの部のスタートは朝7時で、制限時間は深夜0時までの17時間となっています。
     友人には「
Hawaiiでは深夜0時の最後までレースを観戦すべき」といわれていたので、ゴー
     ルした後シャワーを簡単に浴び、
20時ごろからゴール付近で観戦しました。当然この時間
     帯にゴールする選手の年齢層は高く、我々の年代と比較すれば絶対的なタイムは遅くなり
     ます。でも、私が
75歳、いや、65歳になった時にIronmanの距離のレースに参加しているこ
     とは想像も出来ず、彼らがゴールする様子を見るのは言葉では言い表せない感動がありま
     す。実際夜
22時を過ぎると、ほとんどの選手はゴールしているので、頻繁に選手を見るこ
     とは出来ません。でも、
8ビートの音楽が大反響し、大観衆を飽きさせません。記憶が正し
     ければ、
2340分頃に日本人の女性がゴールしました。2359分を過ぎたときに、一人の
     選手が帰ってきました。大観衆が彼を後押しします。残念ながら、
00002秒でゴールし
     たため失格です。それでも、皆の心の中ではこの選手は
Ironmanです。スポーツがいかに感
     動を与え勇気づけるか、選手として出場しないでもこの場にいるだけで肌に伝わります。


       レースのMCは約1,800人の選手全員がゴールするたびに選手の名前、国名、出身地を呼び
     あげ「
You are an ironman!」と雄たけびを叫びます。トライアスロンというスポーツは年齢
     にかかわらず、誰でも挑戦することが出来ます。そして、ゴールした人皆が勝者なのです。
     年代別
80歳以上の優勝者(80歳以上の出場者は3名だけですが)が優勝スピーチで「鍛錬
     すれば、昨年の自分より強い自分を作ることが出来る、これがトライアスロンの魅力だ。」
     と言っておられました。
Ironman World Championshipのイベント自体にアメリカ人特有の演出
     が効果的にちりばめられているのは否定しませんが、努力することの高潔さがひしひしと
     伝わってきます。だから、トライアスロンはこれだけ多くの人々を魅了するのでしょうね。


       さて、本題に入ります。5日(水)に日本を出発、Hawaiiには同日の朝到着という旅程にし
     ました。
Ironman World Championshipに出場すると決定してから、なんとスペシャライズドの
     本社より新型トライアスロン
BikeであるShivをプレゼントされました。世界選手権に出場す
     るなんてそうそうあることではないので、レースを楽しみたいという気持ちの半面、
New
         Shiv
の名に恥じない走りをしないといけないというプレッシャーもありました。今までやっ
     てきた練習量を信じるだけです。
新型Bikeに興味ある方は以下のリンクへ、掛け値なしに
     この
Bikeはロケット並みの速さです。
                     http://www.specialized.com/ja/ja/bc/Shiv.jsp
           http://www.specialized.com/ja/ja/bc/SBCWhatsNewDetail.jsp?article=10044

       8日の朝は3時半に起床、おにぎりを5個食べてレース会場に向かいます。日の出は6時ごろ
     なので、あたりはまだ真っ暗です。
Body Marking(腕にレース番号をマークすること)をし
     てもらい、
Bikeに水を補給します。準備万端、十分ストレッチをした後Swimの会場に向か
     います。
今まで日本とアジアのレースしか経験していない私にとり、大型選手ばかりの世
     界選手権。立ち泳ぎしてスタートを待っている間、大型の欧米の選手の脚や腕がガンガン
     あたります。痛いのなんの。。。サッカーの長友選手等がヨーロッパでフィジカル面でも
     負けないでプレーしているのと比較すると、私は非常に貧弱で情けなく思えます。。。
     筋肉隆々で体重を増やす必要はありませんが、フィジカル面で負けない体を作ることが来
     年以降の課題の一つであること、
Swimのスタートが始まってすぐに分かりました。

       予選とは異なり、他人の脚を引っ張ったりするマナーの悪い選手はさすがにいませんが、
     これだけの大集団になるととても自由に泳がしてくれません。大型選手がガンガンあたっ
     てくるたび、真っすぐ進めずににコース取りがやり直しとなります。
20分ほどすぎると、
     集団もばらけてようやく普通に泳げるようになります。さすが、世界選手権だなと驚くの
     は、周りに多くの女性選手がいること(
Swimming capが青が男性、ピンクが女性のためすぐ
     わかる)です。こんなに女性に囲まれて泳いだレースは過去一度もありません。。。


       泳いでいるときは調子は悪くないと感じていましたが、Swimの結果をみてみると「えっ!
     こんなに遅いの??」というタイムでした。コース取りが全然うまくいっていなかったと
     思われます。
ハワイではウエットスーツ禁止です。今回のレースは本社からもらった、Trii
        
スーツを使用しました。(ただ、パッドの部分があまりにも薄いので、Bikeパートでは自
     転車用のショーツをはきました。)
世界選手権であることがまざまざとする光景がT1に待
     っていました。私の周りには
Bikeが半分くらいしか残ってないのです。「えーまじかよ、
     半分以上の人が僕より速いのかよ!? 今まではトップクラスで
T1に帰ってきたのに。。」
     愕然とします。でも、今年になってから断然得意になった
Bikeで巻き返しを図ると決意し
     ます。
New Shiv発進です。

       New Shivはその空力をいかんなく発揮します。たまに、とてつもなく速い欧米選手に抜か
     れますが、それ以外は自分の方が明らかに速く多くの選手を抜いていきます。さすが、世
     界選手権。ドラフティングをしている選手はほとんどありません。縦
1列に等間隔に並んで
     延
     々と
Bikeの列が続きます。追い風参考ながら手元のサイクルコンピューターでは最初の60
        KM
1時間37分台で入りました。 この時Bike5時間を切れるんじゃないかと本気で思い
     ました。その後に迎える3つの悪夢があるとも知らず。。。。


       一つ目の悪夢(というか、「やっちまったぜ」という私のちょんぼ)
       70KM付近のだらだらとした登りで、前の選手をなかなか抜くことが出来ないため、ドラフ
     ティングの状況がかなり長時間続きました。これは、まずいなと思いましたが、時既に遅
     し。マーシャルがやってきて
Red Card。(ドラフティング 次のペナルティBox4分間足
     止めとなります。)
4分のペナルティに精神的ダメージは結構大きかったですが、いつまで
     もくよくよしてられません。この
Bikeコースではかなりの頻度でGel系を含むエイドステー
     ション(
AS)があることがわかったので、75KM付近から折り返し地点までの約15KM続く
     きつい登りの前に用意したアミノ酸を全て補給し
Bikeを軽くするためボトルを捨てました。
     また、どこにあるのかわからないけど、次のペナルティ
Boxでは4分間足止めされるので、
     これはいい休憩になると前向きにとらえガンガンこいで行きました。


       連続した二つ目、三つ目の悪夢
     登っても登っても折り返し地点が見えない。補給食が足らなくなってきた。腹が減ってき
     た。。。。やばい。。。。。ようやく見えた折り返し地点。すぐ近くにペナルティ
Boxもあ
     ります。
4分間の一時停止の間にとりあえず、小便をしてGel補給だけはします。ペナルテ
     ィ
Boxを出てからは下りです。ゴリゴリこげるはずなのに力が入らない、ピーンと脚がつり
     ました。軽いハンガーノックと脚つり。スピードが出ません。女性選手たちにも抜かれる
     状況になりました。
後はひたすらASGelをもらって補給食を絶やさないようにしましたが、
     結局
Bikeパートの最後まで体が復活することはありませんでした。補給がうまくいった宮古
     島と
Koreaでは重くなることを犠牲にしてでもBikeに固形物の補給食を搭載しており、腹が
     減りそうになった時補給食を食べて復活していました。


       例年に比べ今年はまだ穏やかであったそうですが、Konaの風は噂通り。Bikeがひっくり返
     るんじゃないかと思う横風がたまに吹き荒れます。レースの翌日車で
Bikeコースを走って
     みましたが、
Bikeに乗っているときにはあまり気づかなかったですが、かなりアップダウン
     があり、こりゃきびいしいコースだと改めて感じました。今回の
Bikeのミスは前半のオーバ
     ーペースとそれによるエネルギー切れと、補給ミス。全て自分の判断ミスです。

    
 Bikeの時からGelばかり摂っていたので、Runのスタートから吐きそうでたまりませんでした。
     また、
Bikeの際攣った脚がビリビリします。42KM走り切れるのか? 正直不安で仕方ありま
     せんでした。
エネルギー補給はちゃんとする必要があるのでACではオレンジとGelを口に入
     れ、後は水で流しこむという作業を繰り返します。最初の
15KM程はKonaの街の美しい海岸
     線沿いを走ります。沿道で応援してくれる人の数が半端ではありません。さすがに彼らの見
     ている前で吐くことはできないので、喉まで胃液が出てきても我慢します。


       1キロ6分のスピードしか出ません。AC以外では絶対に立ち止まらない、手を抜かないとレ
     ースの目標を変更せざるを得ませんでした。私より明らかに年配の選手にもどんどん抜か
     れます。半分を過ぎたところ当たりで、エネルギー切れから復活したように感じられました
     が、脚の復活はありませんでした。
Runをスタートしてから約4時間後、再びKonaの街に戻
     ってきます。ものすごい大歓声です。たまに日本語で「がんばれー」という声援も聞こえま
     すし、「
Good Job! Ryo!」とゼッケンに刻まれている私の名前を呼んでくれる人もいます。
       結果は以下の通り、ほぼちょうど平均点というところかな?

 

距離(KM)

タイム

全体順位

年齢別順位 

Swim

3.86

1:08:39

Bike

180.2

5:52:58

Run

42.2

4:01:32

合計

226.26

10:44:27

873/1918

105/209

     一つだけわかっていることがあります。今回のレースは不完全燃焼でした。Konaを楽しむ
     というお気楽な気持ちがあったのも否定できません。私のような普通の人間が世界選手権
     に出るというだけで、自分をほめてあげたいとちょっと誇りに思ったりしますが、今まで
     の人生最大級のイベントに本来発揮すべく力を出し切れなかったのは悔やんでも悔やみき
     れません。来年ハワイを目指すか
? と問われるとまだ即答できませんが、必ずやいつか
     
Konaに戻ってきて、今回の自分を超える(Timeや順位ではないこと、ここまでお付き合い
     された方はお分かりになると思いますが)と決意を新たにしました。

       レースの1週間前に昔歯の治療で詰めていたものが取れてしまいましたし、Hawaii滞在中に
     も歯が欠けました。ぐしゅぐしゅしている鼻の治療も必要ですし、今年
12日からトレー
     ニングを続けてきた体にも休養が必要です。
10月はゆっくり休みます。
       来年の宮古島でお会いしましょう。必ずや今年より強い自分をお見せします。
         (大会開催日:2011・10・8)
        

    (参考) Bike台数ベスト5 Cervelo 488
Trek 185
Felt 124
Specialized 122
Scott  96




投稿第六八号
      
アイアンマンハワイ ワールドチャンピオンシップに参加して!


2011年10月19日
JIC会員
脇本 正子氏

       「アイアンマンハワイワールドチャンピオンシップ」噂に違わぬ素晴らしい大会でし
       た。さすが世界中のアイアンマン大会で出場権を勝ち取ったトライアスリート達、
       頑強そうで鍛えぬいたカッコいい男女、プロを含めて1900人余りが参加、その
       うち日本人は今年は少なく56名だったそうです。
       私のレース結果は悪く14時間11分18秒、皆さんからの「ハワイはご褒美だから、
       時間をいっぱい使って楽しんでおいで!」の言葉どおりとなりました。

       大会当日10月8日(土)、晴れ、山に雲もかかっていません。それはコナの風が
       強い事を意味するそうです。朝7時、大砲の音で一斉にスタート、私も、ウェットス
       ーツ禁止なので気持ちだけ水着より浮くかな?というスイムスキンを着て、後ろ
       からスタート。美しい海で魚たちと泳いでいると本当に楽しくて。ところが、1.9km
       泳いで、ヨットを折り返す辺りから足がつり始めました。これはまずい、つってリタ
       イアすることになっては困ると思い、それからは細心の注意を払い、腕だけで泳
       ぎスイムアップ、時計を見ると、普段より30分以上遅い1時間58分も掛ってしま
       いました。ショック!!

       気を取り直してバイクスタート。ドラフティング(ハワイは厳しい)に気を付けながら
       やっとハビの丘の60〜90km地点、噂に聞いていた突風、岩の間から容赦なく、
       予告もなしにバイクを吹き飛ばそうとする。男性でも斜めになりながら蛇行してい
       る。私も一番重いギアにして姿勢を低くして、必死にハンドルを握り何とか少しず
       つ前へ。下りになってもスピードが出せない本当に苦しいコースでした。
       バイクコースの最後の10km余りは、コースの半分のレーンをランコースとして使
       っています。私がバイクの最後を頑張っているのに、こちらには誰も振り向かず、
       ボランティアも応援者も皆ランコースの応援です。そのうち、正面から応援者の自
       転車がやって来るではないですか。もう!危ない!危ない! まあ私が遅いのが
       悪いのですが・・・

       ランに入ってからの最初の7〜8km、アリイドライブは応援が引っ切り無し、皆が
       「マサコ、Good Job!」と、ゼッケンの名前を見て声を掛けてくれるのです。
       実は、その辺りになると歩いている人が多く、私はエイドだけ歩いて後は走ってい
       たので、「Good Jog!」と褒めてもらっていると勘違いしていました。でも本当に
       楽しいアリイドライブでした。
       ただ、その後、高速道路の途中からあっという間に日が暮れ、街灯が全くない真
       っ暗な道は、前から走って来る人とぶつかりそうになるので、用意しておいた小さ
       なペンライトを照らしながら一歩ずつ足を進めました。ゴール近くなると応援者の
       数はびっくりするほど多く、フィニッシャーズストリートでは沿道からハイタッチして
       くれるのです。本当に盛り上げ方を知っているのです。「ハワイは特別よ!他の大
       会とは違うよ!」と教えてくれた、済州のレースで知り合った女性がハワイの応援
       に来ていました。ボランティアとして参加している日本人女性もいました。

       実は今回は済州で知り合った方(男性3名女性2名)合計5名で、会場から6km
       位離れたコンドミニアムを借りて、103日(月)〜10日(月)まで共同生活。私は
       現地に着いてすぐ胃の調子が悪くなり、一晩中気分が悪く、大会に出場するのは
       無理かもしれない、せめて応援だけでもして帰りたいと思っていました。そして、翌
       朝少しずつ回復、その日は一人ずっとベッドに横になっていました。そして、その
       夜には回復、驚異の回復が出来たのは、そのコンドミニアムを手配してくれたY子
       さんという女性のおかげです。
       Y子さんは、ハワイに9回目の参加と言うとても強い女性です。自分の知識と経験
       を生かして、日本からインスタントの味噌汁や調味料、それに現地のスーパーで
       野菜や肉を買って来て、胃に優しいヘルシーな料理を作ってくれました。Y子さん
       が上手に指示してくれるので、皆それぞれができることをし、共同生活の不安も
       全て楽しさと感謝の気持ちへと変わりました。自分でレンタカーを運転してコナの
       街を走り回り、次々と仕事を片付ける彼女はとってもカッコいい女性でした。

       今回のハワイのレースでは、沢山の事を勉強しました。特に、どんなに練習を積
       んで来ても体調を崩せばおしまい。レースは完走出来たものの、スイムで足がつ
       ったのも体力が戻っていなかったのでしょう。こんな悔しい思いはもうしたくありま
       せん。体調を万全にしてレースに臨むが事どんなに難しいか、身に染みてわかり
       ました。
       アイアンマンのバイク180kmは半端ではなく長くきつい!乗りながら「アイアンマ
       ンはもう嫌!」と叫ぶのはいつもの事、ただ、ハワイは素晴らしい特別なレースで
       す。あの優しくてあたたかい応援者の笑顔と大歓声の中のゴールは、完走者全
       てに平等に与えられます。そしてボランティアの優しさも英語がわからない私にも
       伝わってくるのです。
       若い方達にとっては厳しいでしょうが、是非この素晴らしいレースを目指していた
       だきたいと思います。私のようなものがハワイなんてと、偶然のチャンスに戸惑い
       ましたが、今は、「行ってよかった。出来ればもう一度参加してスイムのリベンジ
       も!あの感動をもう一度!」と思っています。

       最後になりましたが、今回私をハワイに連れて行って下さり、全てにおいてお世
       話になりましたMさんには本当に感謝しております。往きの飛行機では私の荷物
       が重過ぎたため、一緒に荷物をひっくり返し、大変でしたね!
       また、自分のレースもあるのに私の体調の心配までさせてしまい本当にすみませ
       んでした。全てこれからのレースに活かしたいと思っております。
       また、出発前にはクラブの多くの皆さまに声を掛けていただき、何が何でも完走を
       と力になりました。皆さま本当にありがとうございました。
       (大会開催日:2011・10・8)



投稿第六七号
     こんな嬉しい顔できることって人生で何回もありませんよね☆


2011年10月05日
JIC会員
松下 実氏


      8月28日(日)にカナダのペンティングトンで、アイアンマン・カナダに参加してきました。
      遅くなりましたが、アイアンマン・カナダの完走記を投稿させていただきます。アイアン
      マン・レースに参加することは、トライアスロンを始めたときからの夢でした。昨年のア
      イアンマン・ジャパンが中止になり、アジアでアイアンマン・レースが開催されるか分か
      らなかったので、1年前にアイアンマン・カナダにエントリーしました。このレースに参
      加するため、仕事のスケジュールを調整し、充分とは言えないながらもトレーニングを
      続け、フライトを取り、レンタカーを借り、一人で、バングーバーからペンティングトンま
      でドライブして来て、レジストレーションし、レースの準備が全て終わり、アイアンマン・
      レースという夢の舞台に立てる期待とレースへの不安、しかし8月28日(日)レース直
      前、不思議なほど落ち着いていました☆

       <スイム:3800メーター>
      バトルに巻き込まれるのを避けるため最後尾からスタート。泳ぎ始めると、周りのペー
      スは、明らかに遅い。スイマーの隙間を泳ぎ、少しずつ抜いていく。約3200人の参加
      者の殆どが前を泳いでいるので、スイマーの壁を抜けるのは、難しい。折り返し地点
      位になるとバラけてきて、やっと自分のペースで泳げるようになる。 スイムアップ。
      (タイム1時間22分 1805位/3200名 年代別149位/245人中)

       <バイク:180キロ>
      スイムは、マイペースで泳いだので、比較的息はあがっていない。180キロの長いバ
      イクの旅の始まり。カナダの雄大な、自然の中を走るバイクは気持ちがいい。途中パ
      ンクをしている選手を何人も見かける。パンクだけは、避けたいので路面の状態を注
      意して走る。140キロ位までは比較的順調。そこからが、450メーターの高低差のあ
      るYellow Lake。脚が売り切れてきた中の登り坂は、つらい。トライアスリート仲間とや
      った劇坂トレーニング、ヒルクライムのレースを思い出してがんばる。坂の上の両側に
      は応援の人が一杯。"Minoru Good Job" "Way to go (
いいぞ、その調子)Minoru"と
      応援してくれる。本当にありがたい。 辛いのと嬉しさで、目から涙がでてくる。約10
      キロの坂を登りきるとそこからはダウンヒル。転倒しないように慎重に走り、バイク終了。

      (バイクタイム6時間43分 1723位/3200名 年代別145位/245人中)

       <ラン:42キロ>
      やっとここまできた。トラブルが無くバイクが終了して”ほっとした気持ち”と、あと42キ
      ロ(フルマラソンの距離)のランか、”まだ長いな”とミックスした気持ちでランをスタート。
      180キロバイクの後の脚は重い。ランスタート時、アイアンマン・カナダでは珍しく31
      度と気温が高い。少し走ると汗がでてくる。2キロ毎にあるエイド・ステーションはあり
      がたい。10キロを過ぎるとアップ・ダウンのコースに。登り坂では、歩いている人が多
      い。歩きたくないけど、無理して走っているとフクラハギが攣りそうになる。登り坂では、
      歩くことに。ランを始めてから2時間半、ランの折り返し地点。完走が見えてきた。一緒
      に走っているトライアスリートの何人から”日本から来たの、頑張って”と声をかけられ
      る。残り10キロ。 沿道の応援もありがたい。"Minoru You are great !!!" "Good Job
       Minoru"
もう少しで、夢に見たアイアンマンになれるのだと思うと目から涙がでてくる。
      暗くなり始めているので、サングラスは必要無いのだが、涙を流しながら走っているの
      は、見られたくないのでサングラスをしたまま走る。

       <ゴール>
      約50メーターの応援スタンドに来ると"Minoru Matsushita, Japan" と名前を呼ばれる。
      これでアイアンマンになれるんだと思う身体の内から喜びが溢れだしてくる。
      ヤッターゴールだ!こんな嬉しい顔できることって人生で何回もありませんよね☆
      (ランタイム4時間59分 1183位/3200名 年代別69位/245人中)


       <記録>
                          種目順位(年代別) 通過順位(年代別)
      スイム   1時間22分41秒  149位/245人   149位/245人
      バイク   6時間43分16秒  145位/245人   145位/245人
      ラン     4時間49分00秒   69位/245人    101位/245人
      トータル 13時間21分22秒                101位/245人

       <最後に>
      長い日記を最後まで読んでくださったみなさま応援をしてくださった友達、仲間の皆さ
      ま、応援をしてくださった友達、仲間の皆さま、そして一緒にトレーニングしてきてくだ
      さったAAC仲間、心から感謝の気持ちを申し上げたいです。”ありがとう!!”
      (大会開催日:2011・8・28)



投稿第六六号
    アイアンマン・レーゲンスブルグ(ドイツ)大会参戦記!


2011年8月27日
JIC会員

石井 英機氏

       1昨年は体調不良のため大会直前で出場中止、昨年はフランクフルトの冷たい湖
       で(WS着用不可)3Kmでリタイア、本年場所は違うがレーゲンスブルグ(ミュンヘン
       の北100Km)でようやくドイツの大会を完走できてやれやれです。かみさん、ホー
       ムドクター、バイクショップの親父さん、整形外科の皆さん、カイロプラクター、トライ
       アスロンやランニング仲間、ボラ施設の皆さん、ご近所の皆さんなど多くの皆さんの
       暖かいご支援、応援の賜物でして深く感謝申し上げます。

       とにかくドイツは寒いです。レーゲンスブルグ・樺太:北緯49°、札幌:42.5°で
       あり湖の水温21℃は北海道の湖で泳ぐような感じです(泳いだことはないですが)。
       東京:平均気温25.5℃、ミュンヘン:18℃で街では長袖で歩いている人あり、ショ
       ウウインドは秋のモードです。公園ではりんごがなっていました。ドイツ大会へは体
       脂肪を多くして(15%以上)で臨むことをお勧めします。1995年(53歳)カナダ以
       来アイアンマン大会完走はこれで25回(2回寒さでリタイア)となりました。来年3月
       には70歳の大台に達しますが県内では76歳、71歳の先輩がまだ頑張っておらま
       すので「はい引退です」というわけにはいきません。ほどほどのトレーニングをして、
       暖かい大会を選んで皆さんに迷惑をかけることのないよう続けてゆきたいと思います。

       8月4日(木)晴れ

       かみさんと新幹線と成田エキスプレスを乗り継ぎ3時間かけ第1ターミナル着。ツア
       ー会社からバイクケースは203Cm23Kg以下と通知されていたが、今までのケー
       ス220Cm21Kgならなんとかなるだろうと軽くみていて、結局1.5万円のオーバ
       ーチャージをとられてしまった。同行の数名の選手も同様だった。帰りは大変な手
       間をかけ17Cmのカットを試みたがバイクが入らず結局元に戻し106ユーロとられ
       てしまった。燃費向上をめざし航空各社は懸命に努力しているのでしょう。

       JICのM氏ご家族やツアーコンダクターらにお会いし心強い。12時30分離陸、ミュ
       ンヘンまで11時間2回の食事にはビールやワインを飲み「武士の家計簿」を鑑賞し
       て過した。ロシア上空1万mでは−55℃、やがて広大な土地、森や湖などが見え
       てきた。空港着14時30分(時差7時間)。ツアーメンバーは30名位、バスでレーゲ
       ンスブルグ(街全体が世界遺産)に向かう。1時間半後、両側は中世のような街並
       み、狭い石畳の道をたどって(戦争の被害がなかったという)ホテル着。すぐメンバ
       ーで近くのレストランに行き念願のドイツビールで乾杯。自己紹介しながら歓談。
       ソーセージが旨かった(ポテトはいまいち)。外は20時半近くまで明るい。

       8月5日(金)晴れ
       5時半起床。エアコンは入っていないが汗もかかずよく眠れた。7時ホテルのレスト
       ランで朝食。パン、シリアル、ハム、ベーコン、チーズ、バター、ジャム、ジュース、コ
       ーヒー、フルーツなど豪華だが以来3日間全く同じメニューだったので和食が恋しく
       なった。M氏ご家族と同席し野菜作りの苦労話しなどで大いに盛り上がった。バイ
       クで付近を30分程試走に出掛けたがさて迷ってしまい数人にAltstadt Hotelはどっ
       ちだと尋ねたが分からず(後でArch以外に2つあると分かった)辛うじて到着し皆さ
       んを待たせてしまった。地図は必携です。

       大会会場へ登録にでかけました。ドナウ川(水量多く流れが早くしかし青く濁ってい
       ます。歌にでてくるようなさざなみといった感じではありません)と世界遺産の石橋
       (12世紀架橋)を渡ります。パスポートと誓約書にサインし。OKです。1デイライセン
       ス15ユーロはJTUカードを示せば無料です。帰りはスーパーに寄ってビール(缶ビ
       ールはなし)、パン、水などを仕入れました。ツアーコンの運転でスイム会場とバイ
       クコースの1部を下見しました。湖の岸辺では持参の温度計で24℃。ブイが配置さ
       れており準備完了といった感じ。バイクコースはかなり長いカーブしたアップダウン
       があり当日雨だったので役にたった。

       次は競技説明会。独、英、仏バージョンの内英語を選んだ。1時間熱心に説明して
       くれたがインターネットで事前に読んでおいたのでほぼ理解できた。当日の計測で
       水温21℃だったのでWS(ウエットスーツ)着用はOKと発表され皆さん喜んだ。
       カーボパーテイの食べ物はまずまず。フランクフルトと同じビールが飲み放題(他の
       大会ではありえない)でうれしい。昨年のビデオが放映されて盛り上がった。後はド
       イツ語だけなので早々に引き上げた。

       8月6日(土)晴れ
       11時ホテル前に集合しギアーバッグの中身を確認し合ってバイクとギアーバッグの
       チェックインに出掛けた。会場ではキッズの大会がにぎやかに開催されていた。付
       近に待機していたシャトルバスに乗り20Km離れたスイム会場に向かった。バイク
       ラックなどすっかり準備が終わっていて落ち着いた素晴らしい雰囲気だ。野原の中
       スタッフが近寄ってきてバッグの中身をチェックしてくれる。バイク、レースナンバー、
       顔を一緒に写真撮影をされる。替え玉防止のためという。スタッフがバイクラックへ
       案内してくれる。トウキョウとフクシマは知っていた。その後WSを着て最初のブイま
       で試泳した。温度計は20℃を示していた。透明度は悪し、波なく泳ぎやすくなんと
       かなりそうだ。ホテルへ戻りかみさんとバイクケースを改造する部品を求めデパート
       へ出かけ、カッター・ひも・ガムテープなどを求めた。カメラを持った観光客が歩きま
       わり、店の前の道路で飲食をしながらゆったりとおしゃべりしている人など街はおお
       にぎわい。しかしざわざわした感じがなくいい雰囲気だ。夕食は持参したパスタ。
       レース前夜だけはアルコールなし。20時過ぎ就寝。

       8月7日(日)小雨〜豪雨〜曇り
       245分起床。よく眠れた。赤飯(レトルト)味噌汁(インスタント)、ひじきの煮物、
       牛乳、ジュースで朝食。かみさんに感謝。ストレッチを軽くして545分皆さんと一
       緒にスタート。雨は降っていない。シャトルバスでスイム会場へ。ナンバーリングは
       なし。さっさとバイクラックへ向いエアー入れとベントーボックスへ赤飯(銀紙でパッ
       ク済み)、ゆべし、羊羹、あめ(いずれもオブラートでパック済み)をセットする。雨が
       降り始めた。辛子入りのワセリンを身体に塗りたくりWSを着た。しばらくするとカッ
       カとしてきた。2000人の選手が砂浜に集結、ドイツ国歌が流れた後2分前1分前の
       カウントダウンでさあスタート。

       スイム(3.8Km):タイム1°21′39″
                           エイジ別4位/11人 総合1477位/約2000人
       昨年は過呼吸に陥ったが今回はゆったりとスタートできた。最後部に位置したため
       少しは触れ合ったが殆どバトルはなし。前半1.8Kmは時計回りのためブイを見な
       がら息継ぎの楽な右オープンで右に曲がらないよう泳ぐ。透明度は1m位、波・うね
       りなし。水温21℃でもWSと辛子入りのワセリンのおかげでしびれなど生じなかっ
       た。1.3Km位で3羽のオオハクチョウがこちらを見ていた。何をしているのかと言
       っているようだった(左オープンの人は見られなかった)。さて後半戦。同じコース内
       側をブイを左手に見て泳ぐ。辛子入りワセリン効果も無くなってきて下腿部が痙攣し
       そうになってきたがそれでも終始左オープンで泳ぐことができた。いつもならへろへ
       ろでフイニッシュするのだが今回は元気だった。記録を見ると後ろに500人近くい
       たことになる。WSと辛子入りワセリンの効果とブイを目指し左、右オープンをして曲
       がりが少なかったことがよかったと思う。

       バイク(180.2Km):タイム7°1′41″    エイジ別8位  総合1694位
       トランジション10′33″はワースト2位、迷わず長袖を着用した(一部のプロも長袖
       だった)。せっかく用意したゴミ袋(穴あけ済み)をポケットに入れなかったことは失
       敗だった。途中の豪雨や寒い小雨にポンチョをしっかり着用している選手がかなり
       いた。路面は濡れており急な下りはスリップが怖くブレーキをかけながら進んだ。転
       倒したり、寒さによって救急車に収容された選手がかなりあった模様。コースは2周
       回。山間部に入ると250mの上りと下り〜長く続くとうもろこし(からすは見られなか
       った)、麦やじゃがいもの畑〜ドナウ川に架かる橋〜住宅街などを巡る。道路は整
       備されておりパンクは少なかった。バイク専用の側道がかなり敷設されており連中
       のバイクは強いはずだ。交通は全面クローズされて、要所には係員がおり安全・安
       心だ。約20Km毎のエイドステーションではパワーバー、バナナやドリンク、水など
       を充分に提供してくれた。マーシャルが頻繁に巡回しドラフテイング(10m×2m)
       のチエックをしていた。宣告されたら次のペナルテイボックスに寄り6分間のペナル
       テイを受けることになる。これをとばしてしまうと失格となるので要注意。抜かれる一
       方(計算上200人くらい)で辛い。それでもナンバープレートに名前が大きく表示さ
       れているので稀にパスする女性選手には「ハーイ・ジュリーやハーイ・あや」など声
       をかけると笑顔が返ってきて楽しい。持参した赤飯、ゆべし、羊羹、あめなど7時間
       の中で(8時半〜15時半)こまめに食べることができて成功だった。前半は雨で寒
       さに震え、後半は大腿4、2頭筋と股下の痛みに耐えながらやれやれのバイクフイ
       ニッシュだった。バイクは自ら前の選手についでラックへ架ける。

       ラン(42.2Km):タイム5°6′17″       エイジ別4位 総合1508位
                      合計タイム13°48′0″   エイジ別5位  総合1637位
       トランジション7′47″は平均的、雨は上がっていたが長袖にした。スタート、フイ
       ニッシュはドナウ川の中洲にありコースは約10Kmを4周回する。川に架かる2つ
       の橋を渡り、街中は大勢のお客さん(全コースで数万人)がすぐ傍で応援してくれ笑
       顔(苦しい)が出てくるがうねった石畳は誠に走りずらい、川沿いの公園の中は静
       かでいい感じ。エイドステーション(ボラ全体で2500人)は6箇所。バナナ、ケーキ
       をいただく。皆さん愛想がいい。バイクの疲れでへろへろなランだったが計算上18
       0人くらいパスしたのだろうか?周回毎に腕輪をもらい4つをもらうとフイニッシュに
       向かう。観覧席から暖かい大声援をいただきながら元気を出して20時48分ゲート
       をくぐることができた。完走メダルをかけてもらい近くの選手と「Congratulations
       めでとう」と喜びあう。すぐかみさんに会えた。バイクのピックアップは自分で架けた
       所(帰ってきた時間帯が表示されている)に行き探すことになる。ギアーバッグも同
       様ナンバープレートと照らしてチェックされ受け取る。ホテルに帰り待望のシャワー
       を浴びさて一杯飲もうとしたがなし。かみさんは街中を探したが日曜日のためスー
       パーその他全てクローズだったという。普段は月曜日を休肝日にしているが土日2
       日を我慢したことになる。ラーメンとスープをすすり早々に就寝した。

       8月8日(月)晴れ

       6時半起床。バイクのパッキングを始めたが改造後のケースにはとても入らないこ
       とがわかり元に戻すことにした。1.5万円とられてもバイクを壊してはつまらない。
       改造に要した手間がもったいなかった。朝食時M氏ご家族とお会いした。惜しくもラ
       ン1周回で止めたという。アワードパーテイは11時から。ビールは飲み放題。皆さ
       んで大いに盛り上がる。まずレースのビデオが放映された後に表彰式。エイジ若い
       順に男女3位までが入賞。我々エイジ65歳〜69歳トップは12時間8分、3位は1
       2時間49分で自分は5位。バイクで1時間近くの遅れが決定的だ。プロは8位まで
       が表彰された。女子トップ(USA)はボランテイに感謝していたが男子トップはドイツ
       語のためさっぱりわからず。パーテイはさっさとお開きとなった。19時からツアーコ
       ンの案内でメンバーと近くのレストランに繰り出した。ポークとビールの組み合わせ
       は結構でした。サイクリストのN氏の感想をお聞きしたがバイクの得意の選手は身
       体がピチッとして動かないといっていた。反省です。

       8月9日(火)晴れ
       ホテルを10時発。来た時と同じ大型バスが迎えにきてくれた。ミュンヘン空港まで
       1時間ちょっと。ここでバイクケースなど預託しミュンヘン中央駅に行く。8名くらいで
       市内散策。カールス広場〜マリエン広場までの通りは人で一杯、皆で昼食とし有名
       なバイエルン料理を注文したが今一でした。定時には仕掛け人形が現れる新市庁
       舎(高さ85m)へ上がり街並みを一望した。屋根はレンガ色、緑色でほぼ統一され、
       尖塔をもつ教会が多く見られ落ち着いた雰囲気、巨大な近代的なビルが乱立する
       国内と大違いだ。さて空港へSバーン(地下鉄)としたがチケットの自販機はいうこ
       とを聞いてくれず有人の窓口でようやく手にすることができた。ミュンヘン空港21時
       15分離陸〜成田空港8月10日(水)14時45分着陸〜自宅着20時成田は30℃
       の猛暑だった。帰宅後気管支炎で発熱し数日間ぐったりでした。お疲れ様でした。



投稿第六五号
      第三十一回皆生トライアスロン大会で思うこと!


2011年8月5日
JIC会員

藤木 藍子氏

        鳥取県米子市で開催された皆生トライアスロン大会の応援に行って参りました。
        皆生は、日本のトライアスロン発祥の地です。夜明けから静かで広い空が広が
        り、雲ひとつない空のもとでの、灼熱のレースとなりました。

        大会会場では、第一回大会の優勝者である、フォークシンガーの高石ともやさ
        んの歌が流れています。歌詞の一部にこのような詩があります。「皆生の道は
        勝利者の道 ライバル同士が肩を抱く 笑顔は熱い友情のしるし 涙は君
        の愛のしるし
」。大好きな詩です。

        競技であるため、順位はつきますし、完走できず涙を流す方もおられました。
        しかし、優勝者だけが勝利者ではない、ライバルは「」ではなく、共にゴールを
        目指す「同志」だというメッセージが込められていると思います。

        この歌を聴き、皆生でレースをされている姿を見て、胸が熱くなりました。「伝え
        ておくれ 勇者の伝説
」。伝説の始まりを築いてくださった高石ともやさん。トラ
        イアスリートの一人として、勇者の伝説を、生き様で伝えていかなければならな
        い。共存の心を教えていただきました。

        今回、谷新吾さんが20年ぶりに優勝されました。バイクで圧倒的な走りをされま
         した。今大会のスローガンは、「リ・スタート(再出発)」です。
        私が初めてトライアスロンのロングのレースにチャレンジしたとき、ゴールで待っ
        ていてくれている人の存在が、背中を後押ししてくれました。必ず一緒にゴール
        したい、待ってくれている人がいるから、あきらめたらいけない。ゴールは一緒に
        するもの。喜びを共有するもの。トライアスロンは一人でするものではない。支え
        てくださる方の存在。共存の心を!
        大会開催日:2011・7・17



投稿第六四号
     
はたして、世界選手権の出場権を獲得できたのでしょうか?

2011年7月10日
JIC会員
小松 亮

      こんにちは、スペシャライズドの小松です。お待たせしました。Ironman Koreaのレ
       ースレポートです。はたして、世界選手権の出場権を獲得できたのでしょうか?


      公私含めて私にとって今年最大のイベント、いやアラフォー年代最大のイベントと
      いってよい
Ironman Korea73日韓国のJeju島で行われました。もともと529
      (日)開催予定であった
Ironman ChinaにてIronman World Championship の出場資格獲
      得を目指していましたが、開催
2週間前に急きょIronman Chinaが中止になり、Korea
      へと振替出場となりました。宮古島のレースでは更なる
Runの強化が必要と痛感し
      たので、
Chinaの中止により練習期間が1カ月増えたことはラッキーと心を切り替え
      ました。
JejuRunコースは高低差が厳しいと聞いていたのでRunの練習はアップ
      ダウンのある場所を見つけてはひたすらトレーニングを続けました。


         5月、6月の練習日誌を纏めてみると次の通りとなっていました。アマチュアのトッ
      プトライアスリートと比較をすると、まだまだ練習量が足りないと感じますが、今
      から思いだすと「よーこんなに練習したなぁ
~」と自分でも感心します。

練習距離(KM)

 

5

6

Swim

19.4

18.8

Bike

867

811

Run

274

244

         一般の人がIronman World Championshipに出場するためには、世界各国で行われる
     
  Ironman大会に出場して、5歳刻みの年齢別グループで上位の成績をとる必要があり
      ます。今回
Ironman Koreaでは男女合わせて全部で75名の出場枠が与えられており、
      その
75名の枠は、レース当日に出走する選手の総人数に対する各年齢別グループ
      (私の場合男
45-49歳)の当日出走者数の割合に応じて配分されることになってい
      ます。従って、レース当日にならないと、年齢別で何位になればハワイに行けるか
      正確にはわからないのです。


        71日(金)にJejuに入りました。相棒のBike SW SHIVのリアディレイラーを空輸
      の際傷つけないように外していたので、メカに弱い私は現地でうまく取り付けが出
      来なかったため、会場近くでいつも主要な
Triレースのメカニックサポートをして
      くれている
Tri Shopの方に取り付けて頂きました。感謝! その際、私の年齢グル
      ープはとても強い選手が多いため、宮古島
37位でもHawaii出場はがんばらないと難
      しいぞと言われました。すっごく緊張。。。
ホテルで同室になった方の友人がたま
      たま私と同じ年齢グループでハワイを狙っている方でしたが、出場者リストには
      ハワイ常連の強力なライバルが
10名はいるとも言っておりますます緊張。。。。
      これほど緊張したのは第一志望の大学受験の時以来かな?


        2日(土)にレースの説明会があり、その時点では私の年齢別グループの枠は11
      とのことで、結構多いな、チャンスだなと少しほっとしましたが、昨日からいい話
      を全く聞いていないので、緊張度合がほぐれることは全くありませんでした。ただ、
      レース直前の
6月末は仕事が非常に忙しく寝不足が続いたため、現地入りしてから
      も緊張しているにも関わらずベッドに入ったらすぐ寝ることが出来たのは、不幸中
      の幸いでした。


        いよいよ、レーススタートです。我々アマチュア選手の前にプロ選手が10数名、海
      辺からスタートします。我々は海岸線より約
5メートル離れたところで、号砲を待
      ちます。海はべた凪、風も弱く、天候は曇り、天気予報ではそれほど暑くならない
      模様、絶好のレース日和です。この半年間、プライベートな時間を全てトレーニン
      グに割いてきた成果が試される瞬間が近づきました。
号砲とともに一斉に海に向か
      って走り出します。ものすごいバトルです。まっすぐ泳げません。遅いくせして前
      のほうに陣取った人たちに舌打ちながら、彼らの上を泳ぎます。なかなか集団から
      抜け出すことが出来ません。約
1KMほどしてようやく、集団がばらけてきて、自分
      のペースで泳げるようになりましたが、さすがハワイ出場を目指す選手が集まる大
      会です。他の大会にはない強烈なバトルだなと泳ぎながら感心していました。
Swim
         
のコースは1.9KMのコースを2周回します。1周回終了後陸に上がり、折り返し地点
      で折り返し再び海に飛び込みます。せっかくいい状態で泳いでいたのに、折り返し
      地点でまた集団が形成され、海に飛び込むと再びバトル、ふー。
Swimの状態で当日
      の体の状態がだいたいわかります。レース前の調整もうまくいき、体調万全でレー
      スに臨んでいるなと自信を持ちました。後は、補給をいかにうまくするか、頭を使
      う必要があります。


        Swimを終え、Bikeです。190KMのコースを2周します。前半は結構アップダウン
      があり、後半はフラットなコースです。前半のアップダウンで脚を出来るだけ使わ
      ないで、後半の平地で高速巡航を目指します。
15KM毎に補給食と水分を定期的に
      とり、とにかく冷静にレース運びをします。私の年齢別グループのゼッケン番号は
      あまり見当たりません。結構いい順位にいるだろうと予想は出来ました。宮古島の
      とき同様、最高の相棒
SHIVは、その空力効果を十二分に発揮しました。BG FITも体
      にダメージをかけることなく楽にペダリングさせてくれます。恐らく
2-3名の外国
      人選手に抜かれただけかと思います。途中
100KM地点あたりで、猛烈な尿意を感じ
      ました。
Hawaiiを目指す私にとり、トイレに立ち止まる余裕は全くありません。さ
      すがにぺダリングしながら小便をすることは出来ませんので、長い下りの際ぺダリ
      ングを一時中断し、思い切りました。温かいものが、太ももと靴に飛び散ります。
      途中のエイド・ステーション(
AS)で水をもらい、SHIVと靴、サドルを洗い流し
      ます。我慢しないで本当によかった。気分一新でき
2週目はぺダリングのパワーが
      増したのが十分感じられました。
日本のLongの大会ではACでおにぎり・サンドイ
      ッチなど色々な補給が取れますが、ここでは水分とバナナ・ジェル系の補給食だけ
      でした。そのため、
Bikeが重くなるのを犠牲にして、補給食を十分用意しておきま
      した。冷静なレース運びが出来たので、定期的に補給をとり続けることが出来、ひ
      と時も空腹を感じることなく
Bikeを終了しました。

        さて、Runです。Run121KMのコースを2周します。コースの高低差Mapを見て
      下さい。全く平たんの区間がありません。最初
Runをスタートして思いっきり下っ
      たと思ったら、すぐ登り、途中アップ・ダウンがあり、最後また長い登りです。
      このコースを選定した人は、よほど意地悪な方なんでしょうね。

        T2Bike=>Runのトランジション)で、同じ年齢別の人に着替えのスピードで抜か
      されました。
10KM 程いくと折り返します。折り返しの際、同グループの選手を確
      認します。気づいた範囲では
2名しかいませんでした。おー年代別で3以下か? 
      
Hawaiiは見えたぜ!と少々気が緩む時もありましたが、強いトライアスリートは皆
      私より
Runが速いのは分かっていますし、万一数え間違いなんかで全てを失うのは
      いやだったので、ひたすら前に前に進みます。同僚から、「結局最後は
Hawaiiに行
      くんだという強い気持ちを持っている人が勝つ」と言われ、全くその通りと思いな
      がら「
HawaiiKONA」と心の中で呪文を唱えながら長い坂道を登っていきます。
     
 Runに入ってから、急に天気がよくなりました。日差しが強いです。ASで水を頭か
      らぶっかけます。
2KM毎にASがあったので、本当に救われました。 自分よりはる
      かに若い年齢グループの人が抜いていっても全然気にしません。今日は総合順位じ
      ゃなくて年代別の順位が全てです。
30KM地点でも、同グループの選手に抜かれた
      記憶はないし、折り返し地点でも私より速い選手が迫ってくる危機感はありません。
      同じ呪文を唱えながら走っている時、ふくらはぎにピーンと緊張が走りました。
      やばい、脚がつるかもしれない、これからまだまだ登りはあるし、と正直血の気の
      引く思いでした。一度立ち止まり屈伸をして、ちょっとスピードを緩めます。足が
      つって、歩くようなことになれば最悪です。残り
10KM、ある程度のスピードを保
      ちながら、脚を酷使しない、非常に微妙な調整を続けました。
そして長い長い道の
      りの後たどり着いたゴール。。。。。
ゴール地点にはプロ選手を含めて20名ほどし
      かいません。
Hawaii出場権を獲得したと確信した瞬間でした。サングラスをしてい
      たので誰もわからなかったでしょうが、涙があふれてきました。長かった。。。

         Road to Kona…


        正式発表は翌4日(月)の09:30からなされました。結果発表会場には年代別のハワ
      イ獲得者のリストが記載された
A4の紙がセロハンテープで壁に貼られているだけの
      味もそっけもないものです。私の名前は?
ありました。年代別で7位でした。思っ
      たより順位が悪い結果に、最後まで気を緩めないでよかったとほっとしました。結
      果発表の後、すぐ、
Hawaii出場の登録料USD650を現金で払っておしまいです。これ
      でとりあず、
Jejuに来た目的を果たすことが出来ました。ここに名前を載せるため
      ためだけに半年間死に物狂いの努力をしてきたのであった。。。

      タイムは次の通りです。       S       3.8 KM   1:00:06
                            B     180.2KM   5:12:16
                            R      42.2KM   3:39:17
                           合計               9:59:44
 
        順位はそれなりにいいところにいると思いますが、年代別で順位が掲載されている
      ので総合順位は把握できていません。お時間のある方、
Ironman Koreaのホームペー
      ジでご確認ください。私の年代別のレベルが最も高いことが一目瞭然です。
Run
      タイムは宮古島の時とあまり変わりませんが、コースの難しさを考えると宮古島時
      よりも格段に
Runのレベルがアップしていると自己分析しています。なお、男女と
      もプロ選手の優勝者が、今までの
Ironmanコースの中で一番タフだったと優勝スピ
      ーチで言っていました。

            http://c183651.r51.cf1.rackcdn.com/2011/07/Korea_IronmanResults.pdf
        完璧じゃないけどガーミンのRunデータ
            http://connect.garmin.com/activity/97123224
        今回私の年代別で11名出場枠がありますが、11名全員がハワイに行くわけではあ
      りません。その場合
Roll downといって、12番目以降のTimeの人が呼ばれて最終的に
      
11名の枠が埋まるまでそれが続けられます。従って、チャンスがあると思った人は、
      発表会場でじっと待つ必要があります。(これはプチ
Ironman知識)

        では最後に仕事に関わる所感をいくつか(自転車業界に興味無い方はすみません。)
         ・日本人にはIronmanレースのみに出場している、Ironman freakが大勢いる。
        彼らは日本で開催される
LongTri raceはあまり興味がないということを発見。 
        今まで
Localの大会のみ当社でもターゲットとしていたが、Ironmanという
        マーケットが別にある。

         ・日本で行われるLongTri raceでもTT Bike2-3割程度だが、Ironman6割は
        
TT Bike
         ・今年アジアでのIronman開催はKoreaのみであるが、やはり日本人が強い
         ・残念ながらSpecialized Bike share1%あるかないか? CerveloCeepo
       
Feltが圧倒的、他のBike brandはスペシャ同様存在感なし
         SHIVはやはり世界最速のBike、私のBikeラップは一部の男性プロ選手のBike
        ラップより速い


        108日(土)にIronman World ChampionshipKonaで開催されます。今は正直ゆっく
      り休みたい気分です。
8月から練習再スタート、Konaを満喫してきます。
         (開催日・2011・7・3)



投稿第六三号
      アメリカ/セント・ジョージアイアンマンレースに参加してきました!


2011年6月3日
JIC会員
堀野 正明

       連休を利用して5月7日にアメリカはユタ州セント・ジョージにて行われたアイアンマ
       ンレースに参加してきました。結果は年代4位(2位までがハワイ参加権利を得る)、
       全体では約1500名のなか474位。12時間30分程。標高900mから1600mの標高で
       繰り広げられる。気温は10−30℃湿度は18%レース中に汗をかいたことはなかった。

       スイム会場はセントジョージのダウンタウンから30kmほど離れたサンドハローの湖。
       水温は16℃。金沢の仲間に練習会や特訓をやってもらったのに、期待を見事に裏
       切り1時間24分かかった。コース取りの失敗更にコースアウトなどが原因だ。仕方な
       いと諦めバイクとランに期待することにした。

       バイクとランはいざ始まると、高地であることで呼吸がすぐに上がるような気がして
       突っ込んで行けない。弱気になる。これもまたしかたない。また湿度は普通の日本
       では経験がなく低い。体感気温は25℃ぐらいとさらりとしたものだ。しかしこの湿度が
       かなりの曲者でランの時は咽喉が痛くなる。エイドステーションで水をかぶっても1km
       も走れば乾いてしまう。そんな訳で自分としてはかなり抑え気味の展開になってしま
       った。脱水? 補給をいろいろ考えているのだが、すっきりとしない。軽い吐き気もあ
       る。つまり自分が感じる以上にぎりぎりのところまで来ていたようだ。
       ネットで順位をみていたら4位。スイム12位バイク終了後9位と順位をあげましたが、
       ハワイは遠い先でした。

       翌日ロールダウンの発表を待つ間、白戸太郎さんと会話。「このコース、ハワイより
       もきつくないですか?」「1メートルも平らな所なかった」と。確かにランコースは海抜
       1000mのセントジョージのダウンタウンをはるかに見降ろす丘の上を4回行ったり来
       たり。完走の達成感と疲労、覚めやらぬ高揚感に浸りながらコースを思い出してい
       ました。

       それでも表彰台に登れたのはうれしかった。1位からサンディエゴ、コロラド、イリノイ、
       金沢、デンバーの5人が並んだ。2位の人は185pほどの大男だが後は似たり寄った
       りの体躯。しかしアメリカ人の筋肉量は自分と比べて多いと見えた。アメリカで戦うに
       はまだまだ練習が不足のようだ。上を見りゃ限がない。
       でももう少しまともに戦いたかった、そんな悔いはある。
        (開催日・2011・5・7)



投稿第六二号
            
ウ ル ト ラ の 力 !

2011年1月19日
JIC会員
小林 恵

        1893年のアイアンマンブームに、更に長い距離を走ってみよう!と生まれたウ
        ルトラマンは、Swim10q・Bike421q・Run84qを、3日間かけて制限時間36
        時間(日々の制限時間が12時間内)で行われる競技です。1qも走れなかった
        私が、30歳目前にトライアスロンを始めた時、たまたま雑誌でこのウルトラマン
        の事を知り、以来、私は何年後かにきっと出るんだと決めていました。その夢が
        叶うと想像しただけで、準備段階も楽しさいっぱいでした。それは、私だけでなく、
        私のサポートを引き受けてくれた妹と2人の友達もそうでした。そう、このウルト
        ラマンは、選手1人では決して完走出来ない、サポートクルー含めたチームでの
        競技なのです。
 
        レース1日目、スタートは過去6回参戦しているアイアンマンハワイと同じカイル
        アピア。朝6:30に、皆のカウントダウンの声で、40名の選手が泳ぎ出しました。
        各スイムエスコートのカヌーが、まだ薄暗い中、自分の選手を捜して向かって行
        きます。私は、捜せずにいたスイムエスコートの名を叫んで無事合流し、星空の
        様な海を泳ぎ続けました。どちらを向いても誰一人見えず、夢の中の様でした。
        あっという間にケアホウビーチのホテルが見え、残り2qかという所で、波が立っ
        てきて全く進まなくなりました。それでも、私の上陸を待っているクルー3人の事
        を思うと力が湧いてきて、ヘッドアップを繰り返しながら、10qを3:12:45で泳
        ぎ切り、トランジットへ突入しました。ここで、案の定、ウェットスーツの左腕部分
        は千切れ取れましたが、気にせずバイクへ跨り、バイク145qの始まりです。最
        初からひたすら上る10q位の間に2人の選手をパスし、左ハムストリングスが
        攣るのを騙し騙し進むと、漸く身体が落ち着き、気持ちの良いライドが暫く続きま
        した。各チームのクルーの車が、サポートを繰り返しながら、選手と抜きつ抜か
        れつを何百回と繰り返して行くのです。私はと言えばハワイ島まるごとを使って
        遊んでいるんだという贅沢、この素晴らしい自然全て私の物!と勘違いする様
        な状況にどっぷり浸かり、極楽気分で進んでいき、あっという間に残り20qとな
        りました。でも、ここからが少しキツかったのです。ボルケーノへ続く上りは、傾斜
        はそれ程急でなくても強い向かい風で全く前に進まなくなっていました。(私、大
        自然にもてあそばれているんだと、今度は苦笑しつつ、3人のクルーの元気な声
        に励まされながら、6:26:19でフィニッシュ出来ました。途中、少し迷う道もあり
        ながらも、私達の日の丸国旗レッドバンの4人チームは、笑顔で1日を終えまし
        た。が、クルーは、夜遅くまで、翌日の氷やドリンクの準備とコース下調べをして
        くれました。
   
        2日目、朝6:30に、今度はボルケーノから30q以上集団でずっと下りっ放しで
        す。それなのに、私は後方からスタートしてしまった為、遅い選手に先に行く様
        に進められた時には、先頭集団から離れていました。しかし、追いつこうと、必死
        に踏み続けました。昨日、似た位置にいた選手を確認出来、下りが終わった辺り
        から広い道で各自のクルーの車も合流し始めました。ウルトラマン6回優勝して
        いる女子選手のクルーの車とも何度か一緒になったので、まだそれ程離れてい
        ないのではと思いました。ここの道はかなりガラス破片が多く、危ないと感じ始め
        たレッドロードへ向かう上り途中の60q付近、リアタイヤがパンクしてしまいまし
        た。何で私が!と、悔しい気持ちを抑えながら、上ってきた道を下り戻り、マーシ
        ャルの車みてもらっても、チューブ交換は思いのほか困難で、結局メカニックの
        車を待ち、直してもらいました。事情が分からず遅過ぎると待っていた私のクル
        ー達に、いつも応援してくれていた別のクルー車が知らせてくれたそうで、我ら
        がレッドバンも戻って来ました。もう、20人以上の選手に抜かれていましたが、
        またバイクに跨ると、こうなったら思いっきり楽しんでやる!(それまでも充分楽
        しんでいましたが)と気持ちを切りかえました。そこからは、200kmまで15人(数
        えた)抜きし、もう76qしか無いのかとバイクが終わる事を少し寂しく感じていま
        した。途中、日本人女性の「日本人、頑張ってっ!おにぎりあるからねぇー」の声
        援に大きく返事をし、今度はワイメア辺りからの複雑なコースで、2人乗りしたオ
        ートバイに誘導してもらい、アイアンマンバイク折り返しでお馴染みのハヴィまで
        最後の上り10qを思ったより楽に終えると、最後お楽しみのダウンヒル30qで
        す。自分が鳥になって空を飛んでいるみたいでした。いつまでもこの道が続いて
        いればいいのにと考えてしまいました。パンクやコースミスで40分ロスしながら、
        9:36:07でバイク276qを終えたところには、途中に応援してくださった日本
        人の皆さんが駆けつけてくれていました。皆、十年以上前からウルトラマンに携
        わってきた方々で、久し振りの日本人参加を喜んで、おにぎりや漬け物や番茶
        を差し入れてくださったのです。そして、この方達は最終的に、私達が帰るまで
        毎日同じクルーの一員の様に家族の様に顔を出してくれる事になるのです。オ
        ートバイの日本人女性の旦那様は、今もウルトラマンのバイクコースレコードを
        持つチャンピオンに3回輝いた方で、アワードの時フィニッシャーに贈られる名前
        ・記録入りのコアの木の盾を作っている方だという事を、フィニッシュ後に知るの
        です。
        
        3日目は、気持ちがゆっくりして更に遊び感覚が増していました。朝から(前日
        夜から)うきうきしていました。初めて走る84qマラソンで、どんなドラマが待ち
        受けているか想像もつかなかったからです。私のクルー3人も連日早朝3時起
        きで睡眠時間も確保出来ず、相当疲労が溜まっていたと思います。だからこそ、
        私だけでも、元気元気をアピールしていました。6:00スタートでまだ暗く暑くな
        らないうちになるべく前に進もう、というよりは、脚が動くうち進んどけという感じ
        でした。仲間になった選手を抜かれる時抜く時、お互い手を差しのべて、ギュッと
        握手を交わすだけで、言葉無くして色んな想いが伝わってきました。何処までも
        つか、でも60qまではこのまま何処までも走れそうでした。バイクの時より、他
        の選手のクルー達の声援がもらえて、とても幸せな時間でした。でも、私の場合、
        前日のバイクでパンクした事により、15人を抜き去る間で15チームの顔が見れ
        て覚えてもらえた(これを、アワードのスピーチで話して笑われました)ので、幸
        か不幸か、顔見知りが多くなっていました。左脚股関節の痛みが治まらなくなっ
        てきていた65q付近、全米ナンバーワンでアイアンマンハワイでも準優勝など
        常に上位のクリス リエト親子が私の伴走をしてくれました。こんな贅沢もウルト
        ラマンならではです。その後も、ウルトラマンに憧れているという地元のランナー
        が伴走についてくれたので、脚の痛みを忘れて、8:52:26で、コナのオールド
        エアポートに辿り着く事が出来たのです。フィニッシュ後は、不思議と言葉が通じ
        ないどの国の人達とも、会話が弾んでいました。見渡す限り、速い選手も遅い選
        手も、クルーもスタッフも皆が笑顔でした。皆の顔が、誇りに満ちていました。
     
        他のトライアスロンと大きく違うのは、決して選手1人の手柄では無く、クルー達
        も一緒の手柄である事です。だから、クルー達の顔は疲労を忘れて、皆、満足
        気で輝いて見えました。前日のサポート中、路肩に乗り上げ過ぎ、我らがレッド
        バンはパンクマークが点滅しっ放しでした。それなのに、全てのレース終了まで
        もちこたえ、競技が終わった翌朝、バンのタイヤはしっかり潰れ切っていました。
        これも軌跡です。フィニッシュ場所であるオールドエアポートは、パワースポット
        なのだそうですが、その場所で私達のレッドバンの写真を撮ってくれたカメラマ
        ンが、3枚撮った画像全てにオーブが多数映り込んでいたのを、「あなた達は、
        何かに守られていたのね」と言っていました。彼女のカメラにオーブが映るのは
        珍しく、7、8年前に京都のお寺を撮影した時以来だそうです。フィニッシュ後、ホ
        テルへ戻る道中、私とクルー3人「3日間、宇宙にいた様」「こんな素晴らしい世
        界を見れて幸せ」「ここの人々との出会いは私の人生の宝物」と、感動を口で言
        い表わそうとしても全部伝え切れない感じでした。「さぁ、ここから2日前にスタ
        ートしんだよ、ただいま〜」の私の声に、クルーは涙が止まらなくなっていました。
        ホテルまで30分色んな思い出を巡らせてずっと泣いていました。人生で、この大
        会を知らない人は不幸でかわいそうだとさえ思えてきました。
   
        今年、日本人女子の出場は8年振りという事で、私は本当にラッキーでした。ス
        タッフやハワイの皆が、「日本人の女子では、これまでたった1人しか時間内に
        完走していたかったのに、6時間早く帰って来たね」と、昔の話を交えて教えて
        くれました。アワードでも紹介してくれました。IRONMAN21戦(海外16戦)やっ
        ていても、こんなに温かい気持ちになった大会は初めてです。トータルタイム28
        :07:37の間、幸せでした。こんな世界がある事を知れて、最高です。更に、天
        候も、本来なら雨になる確率がとても高い大会なのだそうですが、3日間共、晴
        天に恵まれて、選手にとってもクルーにとっても絶好の舞台となった訳です。
        一皮剥けたい人にはおすすめの大会です。そして、レース最中には、「これが最
        後、2度とクルーはやらない」と何度も漏らしていたクルー達は、レース翌日には、
        「次のウルトラマンでは、もっとレベルアップしたサポートが出来る!」と確信して
        いるのでした。
        (開催日・2010・11・26〜28)